非日常の9日間――肺の腫瘍除去手術で入院

今年の初め、周りの人たちから「咳がよく出るみたいだよ。一度、検査を受けてみたら」と言われ、慶応義塾大学病院の呼吸器内科に行ってみた。すると、咳のほうは以前にも言われた気管支ぜんそくのせいだったが、それとは別に両方の肺にかなり大きな腫瘍が見つかった。今のところ癌ではないようだけど、切除したほうがいいだろうとのこと。同じ呼吸器科でも内科から外科に回され、この5月13日に入院した。「日常」が「非日常」に変わった。下の写真は僕のベッドの枕元で、差額ベッド代のかからない4人部屋である。
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手術を前に、執刀の医師に会った。手術を勧めた医師とは別の人で、年の頃は40歳代の男性、手術台に横たわる僕のイラストを描きながら説明してくれた。

ところで、僕は両方の肺の腫瘍を取ってもらうつもりだったのだが、彼の説明はもっぱら右の肺のこと。いわく、右の背中に3か所、穴を開け、「胸腔鏡」を入れて腫瘍を取り除く、全身麻酔と局所麻酔の両方を使う、手術の時間は2時間ほど、臓器を傷つけるなどの合併症の可能性もゼロではない等々・・・一応、納得してから聞いてみた。「左の肺はやらないのですか」。

すると、彼は「あなたがいま60歳ぐらいなら、両方をやったほうがいいです。私もお勧めします。でも、あなたのお年を考えると・・・」と、口ごもる。

よくよく聞いてみると、右の肺の腫瘍は仮に今は安全でも、そのうちに悪さをする、つまり癌になる可能性がある。一方、左の肺の腫瘍は今のところ、単なる脂肪の塊のようで、当分は安全である。したがって、まず右の肺の腫瘍切除を優先しておいたほうがいい。医師にとっては、両方の肺を同時に手術しても、体力的にどうってことはないが、僕のような高齢の患者にとってはかなりの負担になるそうだ。

そして、僕が今60歳くらいなら、あと20年やそこらは生きるだろう。でも、80歳に近い僕があと20年生きる可能性は、それほどではない。つまり、無理して両方の肺を手術する必要は乏しいのではないか。「費用対効果」を考えてみなさい、というのである。僕も納得した。あと10年もしたら、左の肺の腫瘍も「まだまだ放っておいていいのではないですか。癌になる前にお迎えのほうが来るでしょう」と言われるかもしれない。

入院した翌々日の昼に手術が行われた。3時間ほどかかったようだが、全身麻酔・局所麻酔で行われた手術中のことは何も覚えていない。全身麻酔が覚める時のなんとも言えない嫌な気分、肺の一部を取ったのだから当然の苦しい呼吸、のどの渇き・・・それらに耐えて病室のベッドに戻った時は、病院のパンフレットによると、下の絵のような恰好をしていたらしい。
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点滴その他で、体のあちこちが管につながれている。尿道には「カテーテル」が入れられていて、いちいちおしっこ(病院では「お小水」と呼ぶ)に行く必要がない。おしっこは勝手に流れてくれてラクチンである。また、腰のあたりにつけられた「ドレーン」なるものは、体内から不要な血液や体液を排出しているらしい。どこかに移動しようとすれば、これらの「集団」を引きずって行かなければならないから、なかなかに面倒である。

手術した夜はぐっすりと眠った。気分もいい。この調子なら、すぐに退院してもいいぐらいの感じだった。ところが、翌日ベッドから体を起こすと、猛烈な吐き気が襲ってくる。食事はほとんど手が付けられない。やはり、背中に3か所も穴を開けるというのは、けっこう大きい手術だったんだなあと思う。

手術後、2日、3日経つと、食欲も戻ってきた。管も順番に外れていき、だんだん移動に自由を回復してきた。病院の中を散歩できるようになった

ところで、「非日常」と言えば、僕が入院前から一番心配していたのは、入院中アルコールが飲めないことだ。入院は少なくとも1週間と聞かされていたが、果たしてそんなに長い間、禁酒が続けられるだろうか。とりわけ、アルコールのない夕食なんて、想像しただけで身震いがする。これまでも何回か入院したことがあるが、せいぜい2~3日で、こんなに長いのは生まれて初めてである。

入院に際して、荷物検査はないだろうから、ウイスキーを1瓶、持ち込もうかとも考えた。だけど、もしばれたら、恥ずかしいので、思いとどまった。10年ほど前、目の手術で入院した時は、手術の前夜に外でビールを飲んできたのが女性の看護師にばれ、「お酒を飲まないために、前日から入院しているのではないのですか」と、お目玉をくらったことがある。

余談ながら、入院にあたっては、いろんな注意事項を書いた冊子などを渡されたが、そのどこにも「入院中は禁酒」とは書いていない。言うまでもないということだろうか。

結論から言うと今回、1週間余の「禁酒」もなんとか切り抜けた。第一、手術の後はしばらく、食欲もなかったから、アルコールどころではなかった。退院の日の21日、息子二人が律儀にも会社を休んで迎えに来てくれたので、さっそく一緒にビアホールに駆け付けた。生ビールの一番でっかいリッタージョッキを皮きりに、乾ききっていたのどを潤したのだが、いつもの調子で飲んでいたら、僕にしてはめずらしく酔っぱらってしまった。