ついに、正しい姿勢で歩けた!?

いつ頃からか、家人に「歩く姿勢も、立っている時の姿勢も、随分と悪くなった。腰が少し前に曲がって、首も肩も前に突き出ている」と言われるようになった。「昔はしゃんとしていて、かっこよかったのに」とも、家人は付け加える。

そう、もともと僕は、自分では意識していなかったけど、姿勢がよかった。高校生の時、同級生から「君は歩き方がきれいだなあ」と感心されたことがある。50歳代で新聞社からテレビ会社に出向していた頃も、同僚の若い女性から「いつも背筋が伸びていて、姿勢がいいですね」と褒めてもらった。それが寄る年波で今や、見る影もなくなったということだろうか。

もちろん、「姿勢が悪い」と指摘されて、改めるのにやぶさかではない。「それでは」と、お腹を引っ込め、できるだけ胸を張って歩くようにした。前かがみにならないように、両肩は思い切り後ろに引っ張っている。多分、かつてのかっこいい歩き方に戻ったのではないだろうか。

だが、家人の評判は芳しくない。やはり姿勢がよくないそうだ。恐れ多くも、いささか猫背の上皇陛下に似ているとのことだ。

ここで、話はちょっと変わる。前々回のこのコラムで、脊柱管狭窄症で足の痺れに悩まされている僕だけど、スーパーマーケットで買い物用のカートを押している時だけは、不思議なことに痺れてこないという話を書いた。そして、整形外科医にその理由を尋ねても、「背中が丸くなっているからですよ」と、満足がいく答えを得られなかった。

この整形外科医は某大学病院の人なのだが、僕の自宅近くにも、たまに行く年配の整形外科医がいる。ある日、突き指の治療に行った折、このことを聞いてみた。答えは「カートを押している時は腰が落ちているんですよ」とのこと。えっ、腰が落ちているって、どんな姿勢なんだろう? 分かったような、分からないような感じで、その場ではさらに質問することもできなかった。

家に戻り、しばらく考えているうちに、「腰が落ちているとは多分、腰を前に押し出すようにした格好ではないだろうか」ということに思い至った。さっそく、自分なりにその姿勢で歩いてみた。両肩はこれまでと同じく、できるだけ後ろに引っ張るようにした。

意外なことが起きた。この姿勢でいると、かなり歩いても、これまでのように足が痺れてこない。嬉しくなって、この暑さの中、散歩に精を出している。たまには痺れを感じそうなこともあるが、それはこんな歩き方にまだ慣れず、元の歩き方に戻ってしまうからかもしれない。

家人に、この新しい歩き方を披露すると、「まずまずの歩き方です」と珍しく褒めてくれた。整形外科医のひとことをきっかけに、僕にとっての「大発見」をしたのかもしれない。これがずっと続くかどうかは分からないけど、どこか幸せな気分である。

ここでまた、話はちょっと変わる。僕は若い頃、身長は170センチだった。大きくはないけど、1940年生まれの男子としては、平均より少し高かった。身長順に並んだ高校時代の集合写真を見ても、僕は後ろのほうに並んでいる。

ところが、年を取るにつれて、この身長が少しずつ縮んできた。数十年ぶりに会った友人から「おい、背が低くなったんじゃないか?」と尋ねられたりする。なんとなく情けなくなる。逆に、会社時代の先輩に何年ぶりかで会うと、同じことを感じたりする。

それはそれとして、ふとしたら僕の場合、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)じゃないだろうか? 骨粗鬆症になると、身長がどんどん縮んでいくとも聞いた。心配になって、さっきの自宅近くの整形外科医で調べてもらったら、「年齢にしては立派なものです。決して骨粗鬆症なんかではありません」とのこと。ところで、この先生は85歳くらい、長身でなかなかに堂々としていらっしゃるのだが、診察のついでに「先生は身長が縮みませんか?」と聞いてみた。すると、「いやあ、もうどんどん縮んで、以前のズボンが履けないんですよ」との嘆き節が戻ってきた。

2年前、105歳で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんも、どこかで「身長が若い頃より8センチも縮んだ」と書いていた。医者にしてもそうなのだから、加齢によって身長が低くなっていくのは、避けられないことのようだ。そうであるなら、これからは縮んでいくのを嘆かないで、姿勢を正しくすることによってそれを補い、及ばずながら、かっこよく生きていたい。今はそんな気持ちになっている。