遅ればせながら「スマホ」を使い始めました

先日、これまで使っていた「ガラケー」をお払い箱にし、とうとうと言うか、ついにと言うか、「スマホ」を使い始めた。スマホが普及し始めてすでに10年ほどにはなるだろうか。僕は「文明の利器」にすぐには飛びつかない、まあ、半歩か1歩遅れてついていくのが信念(?)なので、スマホにも冷たい視線を向けてきた。とりわけ、電車の中で、あるいは歩きながら、時には食事をしながら、スマホに熱中している人たちを白い目で見てきた。

しかし、ここまで来て、スマホを全く使えないと、何か不利益を被るかもしれない。そう思うようにもなってきた。今や小学1年生でもスマホを楽々といじっている。これ以上、世の中に遅れるのは、ちょっと都合が悪いのではないか。半歩か1歩遅れていたつもりが、2歩、3歩の遅れになってしまう。そんな気がして、あまり気乗りはしないものの、ガラケーからスマホに乗り換えた。

そのガラケー自体も、これまで機能を十分に使っていたかと言うと、全くそんなことはなかった。電話を掛ける、受ける。歩数計を見る。たまには、正確なはずの時刻を見る。使っていた機能はそれぐらいだった。メールを送ったことは一度もない。第一、やり方が分からない。知ろうとも思わなかった。メールはパソコンでのやり取りで、まあ十分である。ガラケーで写真を撮ったこともない。カメラのほうがいい。ガラケーには、ほかにどんな機能があるのかもあまり関心がなかった。

スマホに乗り換えるにあたっても、どこに行ってどんな機種を買うのか、値段はいくらくらいするのか、どんな手続きをするのか、月々の支払いはどうするのか、全く知識がない。すべて人任せで、手渡された「iPhone」に恐る恐る手を触れている。

パソコンを使い始めたのも、世間よりはかなり遅かった。

30年ほど前、僕は新聞社のベテラン(?)の経済記者だった。週に1回、大企業からベンチャー企業、時には自治体のトップにインタビューして、百数十行の記事を載せる欄を持っていた。取材の相手は僕が好き勝手に選んでいた。

ある日、ソフトバンク(当時は社名に「日本」がついていたと思う)の孫正義さんにインタビューした。その頃のソフトバンクは今のように「大損」が話題になるような大企業ではなかった。将来、どうなるかは分からないベンチャー企業のひとつだった。孫さんとのインタビューの最初に言った僕の言葉を、今もなぜか、はっきりと覚えている。

「パソコンというものを、僕は見たことはあるのですが、まだ触ったことがありません」。それは事実だった。

孫さんは別に驚いたふうではなかった。「いや、パソコンというのは、実に便利なものですよ」と言い、僕をデスクトップのパソコンの前に連れて行った。そして、パソコンをいろいろと「実演」してみせてくれた。当時の彼はそんなサービスをする時間があったのだろう。「熊本県では家庭の奥さんたちもパソコンを楽しんでいますよ」とも言った。その言葉も僕の脳裏に残っている。

こんな、またとない「先生」に恵まれながら、僕がパソコンに手を触れるようになったのはおよそ、その10年後だった。それから数えれば、もう20年ばかり、パソコンをいじっていることになるが、ガラケーと同じく、使っている機能はそのごく一部である。

つまり、この「なんのこっちゃ」その他の文章を書く。メールのやり取りをする。ニュースを見る。グーグルその他で調べものをする。中国や台湾にいる時、料金の安いスカイプで日本に電話する。それくらいである。パソコンの機能の「百分の一」くらいしか、使っていないのではないか。操作していてちょっとでも困ったことが起きると、近所のパソコンの修理屋に駆け込んだりしている

そんな僕がスマホを使いだすなんて、我ながら「噴飯もの」だけど、決心していることがある。

まず、電車の中では、スマホを見ない。
歩きスマホはしない。(車の運転はしないから、運転中のスマホは絶対にない)
食事しながら、スマホを見ない。

急ぎの場合は別として、以上の三つは、見ていてまことにみっともない。スマホの中に人間が埋没し、その子分になってしまっている感じがする。まあ、偉そうなことは、少しはスマホの操作に慣れてから、言うべきだろうけど……。