「全員参加」の台湾総統選挙

1月11日土曜日は台湾の総統副総統選挙(以下総統選挙)の投票日だった。首都台北市をぐるりと囲む衛星都市「新北市」の民宿で、僕は朝早く目を覚ました。この年末年始、台湾で過ごしているのは、ひとつには、この総統選挙を見たかったからだ。選挙では、現在の台湾総統で、中国と距離を置く民主進歩党民進党)の蔡英文候補と、中国に融和的な国民党の韓国瑜候補が競り合ってきた。総統選にはもう1人、親民党から宋楚瑜候補が出ているが、実際は蔡・韓両候補の一騎打ちである。
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上の2枚の写真は、台湾南方の高雄市台東市で見かけた両候補のポスターである。一般に台湾の選挙ポスターはでかくて、ビルの壁面を覆ったりしている。そして、立法委員(国会議員)の選挙も同時に行われたので、自分の姿かたちだけではなく、当地で立候補している自党候補のそれも一緒に載せている。

話を投票日の朝に戻すと、僕にとって都合がよかったのは、民宿のあるマンション1階の集会所がこの地域の投票所だったことだ。投票は午前8時から午後4時まで、日本に比べると、終わるのが早く、即日開票される。宿の奥さんが8時前、「投票所にはもう人が並んでいるはずですよ」と言う。さっそく1階に下りてみた。投票開始までまだ10分やそこらはあるのに、確かにずらりと人が並んでいる(下の写真)。数えてみると、80人を超えていた。さらに、絶え間なく人がやってくる。日本ではまず見かけない光景である。
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9時半ごろ、宿の奥さんの夫が投票に行くというので、ついて行った。投票は順調に進んでいるようだが、まだ何十人かが行列している。前夜のテレビでは、投票するには「投票通知書、印鑑、身分証」の3つが必要です、と繰り返し言っていた。「三宝」とも呼ぶそうだ。日本でのように簡単ではないので、受付に時間がかかるのかもしれない

昼前、今度は奥さんと20歳過ぎの息子さんが投票に行くことになった。ところが、行く先はマンションの1階ではなく、ここ新北市に隣接する台北市の投票所なのだそうだ。すでに投票を済ませている夫が、妻と息子を乗せて車のハンドルを握った。僕もついて行った。

なんでも、台湾では戸籍のある土地で投票することになっている。夫は新北市に戸籍があるので、自宅のそばで投票したが、奥さんは生まれ育った台北市に戸籍がある。戸籍を移せないことはないのだけど、将来のことも考えて、息子も首都の戸籍に入れている。「あ、ここが私の通った中学校です」なんて説明を聞きながら、投票所に着いた。ここはそれほど混んではいなかった。

戸籍のある土地で投票するというのは、それなりに面倒なことである。奥さんと同居しているお母さんが自宅近くのリハビリテーションセンターに通っているので、投票日の何日か前、ついて行った。すると、「11日は投票日なので、当センターは休みます」という掲示があった。医師や看護師たちも投票のために戸籍地に戻らないといけないからだろう。

テレビのCMを見ていたら、若い女性が「私は〇〇党に投票します。だから、家に帰ります」と言って、すたすたと歩き出す場面があった。学生たちも20歳以上で選挙権があれば、戸籍のある実家に戻って投票しましょうという呼びかけなのだが、事実、投票日の直前には高速鉄道などがそうした学生のために増発された。投票日前夜のテレビは「北から南に向かう高速鉄道は超満員です」と伝えていた。首都の大学に南方から来ている学生がそれだけ多いせいだろう。

今回の投票率は前回2016年の66.27%を上回る74.90%だった。これだけでも、最近の日本の投票率の低さに比べると、かなり高いが、戸籍地に戻って投票する「ハンディ」を考えれば、大変な高さではないだろうか。

確かに、選挙戦は盛り上がっていた。投票日の前々日9日の夜、総統府の近くで国民党の集会があるというので出かけてみた。夕方5時ごろ、まだ集会は始まらないのに、近くの道路は混みあっている(下の写真)。おじさん、おばさん、手をつないだ老夫婦、若者のカップル……みんな普通の人たちのようだが、「青天白日満地紅旗」と呼ばれる中華民国の国旗があちこちで振られている。赤、青、白が強烈である。国旗をかたどったシャツを着ている人も目立つ。
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夜までこんなところにいたら、混雑で大変なことになりそうだ。戻れなくなるかもしれない。早々に宿に逃げ帰って、テレビの実況中継で集会を眺めたのだが、広い道路を封鎖して、まさに人、人、人……皇居前広場が人で埋まっている感じでもあった。

翌10日夜には同じ場所で民進党の集会があった。やはり夕方5時ごろに出かけて、早々に引き上げてきたのだが、ここでは国旗は全く見かけなかった。下の写真のような薄い黄緑とピンクの小旗が盛んに振られていた。青天白日満地紅旗は国民党のものということらしい。やはり宿のテレビで見た民進党の集会は前日の国民党と同様の盛況だった。現地で見かけた人たちも国民党の集会に来たのと同じような人たちだった。ただ、若者がやや多かったかもしれない。
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かくして11日午後4時、投票が終わり、引き続いて各投票所で開票が始まった。誰でもそれを見学できるというので、例のマンション1階の投票所に僕も駆けつけた。見学席の20ほどの椅子はほぼ満員だったが、最前列の真ん中あたりがひとつ空いている。前に机もある。外国人のくせに、厚かましくもこの席に陣取って開票状況(下の写真)を眺めることにした。僕の右隣には候補者の一覧表を前にしたおじいさんが真剣な顔をして座っている。
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ちなみに、この投開票の事務に携わっているのは小学校や中学校の先生たちだそうだ。そして、写真の左側の男性が掲げている赤みがかった紙が総統選の投票用紙である。ご苦労なことに、いちいち肩の上まで投票用紙を挙げて、「蔡英文」「韓国瑜」などと読み上げていく。さぞ肩が凝ったことだろう。写真の右側は同時実施の立法委員選挙の開票である。

開票は1時間半ほどで終わった。すると、右隣のおじいさんがすたすたと中に入っていったと思うと、「宋67 韓495 蔡758」と書いたものを僕に見せてくれた。この投票所での得票数である。どうやら、このおじいさんは政党から派遣された開票立会人のようだ。それも、機嫌がよさそうなところを見ると、民進党の立会人なのだろうか。

開票はまだ終わらない。立法委員選挙は小選挙区制だが、比例代表もある。これには民進党、国民党も含めて19の政党が名乗りを上げており、その開票が終わったのは7時前。宿に戻ると、テレビは蔡候補の大量リードを伝えていた。

立法委員の当落も次々に伝えられるが、見ていて「女性が多いな」と感じた。翌日の新聞で数えてみると、定数113人のうち女性が47人。ゆうに40%を超えている。日本の衆議院議員の女性の比率は10%である。

あれやこれや、少し褒めすぎになるけど、台湾の選挙は「全員参加」で、民主主義のお手本のようにも感じた。余談になるが、民進党の集会に行ったとき、入り口で、写真に紹介した小旗と一緒に、水の入ったペットボトルをくれた。「あれ、これは日本でなら公職選挙法違反ではないか」とも思ったが、ありがたく頂戴した。この地は日本などよりずっとおおらかなのだろう。