続・台湾人の「親切」と「不親切」

1月上旬の某日、新年をはさんで10日あまりを過ごした台湾南方の高雄市を離れることにした。そして、北方の新北市台北市の衛星都市)に高速鉄道(台湾版新幹線)で向かうため、宿を出てまずは近くの地下鉄の駅に向かった。この駅から高速鉄道への乗換駅まではそう遠くない。歩いてスーツケースを押しながら、駅の入り口に着いた。ここには地下1階の改札口までのエスカレーターがついている。

ただ、エスカレーターに乗るまでには、階段をほんの5段ほどだが上がらなければならない。で、スーツケースを抱えてよいこらしょと、階段の1段目に足をかけた。すると、どこから現れたのか、何やら言いながら、僕のスーツケースに手を差し伸べるおばさんがいる。結局、二人でスーツケースを運び上げた。おばさんは僕よりはかなり若そうだが、60歳前後だろうか。階段の上に着くと、おばさんは手を振りながら、小走りで去っていった。

エスカレーターで地下1階に下り、改札口を通り抜けた。この駅はホームが地下2階にある。もう一度、エスカレーターに乗らなければならない。スーツケースをまた押しながら、改札口から50メートルほど離れたエスカレーターに向かって歩き始めた。すると、改札口にいた男性の駅員が僕に向かって、何やら叫んでいる。同時に、手で僕の後ろのほうを指している。

最初はなんのことかと思ったが、彼の手が指す方向を見て、意味が呑み込めた。やや分かりにくい場所なのだが、僕のすぐ後ろの左手方向にエレベーターがある。駅員は「遠くのエスカレーターまで行かないで、近くのエレベーターを使えばいいじゃないか」と、教えてくれていたのだ。

電車はすぐに来た。混んではいないが、座席は空いていない。ひと駅、ふた駅と過ぎたころ、近くの優先席から僕に話しかけてくるご老体が目に入った。自分の隣の席が空いたから、座ったらどうかと言ってくれているようだ。ありがたく座らせてもらった。

どれもこれも小さなことである。随分と昔に流行った言葉で言えば「小さな親切」である。でも、それがわずか10分ほどの間に次々と起きた。ほのぼのとした気持ちで高速鉄道に乗り、1時間半ほどで台北のひとつ手前の新北の駅に着いた。宿のご亭主が改札口まで迎えに来てくれているはずである。

だが、改札口には彼の姿が見当たらない。そこへ彼から電話がかかってきた。別の場所で僕を待っているようだ。僕が今いる場所を伝えようとするのだが、中国語(こちらでは北京語と呼んでいる)ではうまく言えない。ちょうど改札口に女性の若い駅員がいたので、僕の携帯を彼女に渡し、出迎えの彼と話してくれるように頼んだ。僕の居場所を伝えてもらうためだ。

ところが、彼女は実に不機嫌な顔で携帯を受け取った。用件が済んだ後も、僕の顔を見ようともしないで、横向きでポイと携帯を僕に返す。礼を言う気にもならなかった。「台湾人は4人のうち3人は親切、1人は不親切」と思ったりもした。

数日後、故宮博物院に行った。歴代の中国王朝の美術品などが集められているところだ。前回、台湾に来た時にも行ったのだが、白と緑の2色の翡翠(ヒスイ)でつくった「翠玉白菜」(下の写真)を見落としている。故宮博物院のもっとも有名な展示物のひとつである。これをぜひ見ておきたい。
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ようやく、目当ての翠玉白菜にたどり着いた。写真は撮ってもいいようだが、ストロボは駄目とのこと。ところが、まことに恥ずかしいことながら、カメラをどう操作すればストロボが光らないですむのか、僕にはよく分からない。多分、これでいいかも……と適当に操作してシャッターボタンを押した。薄暗い部屋が明るくなった。ちなみに、その時に写ったのが上の写真である。

警備員の中年の男性が飛んできた。謝るしかない。彼はカメラを自分に渡せというような動作をする。そこまですることはないとは思ったが、彼の態度が柔和だったので、カメラを手渡してみた。すると、彼はちょこちょことカメラをいじっている。撮った写真を消しているのかと疑ったが、そうではなかった。ストロボが光らないように操作したようだ。そして、笑顔でカメラを僕に戻し、去って行った。

ここまで書いてきて、ふと気になった。台湾には2年前、3年前にも来ている。同じようなテーマで書いているのではないか。そのころのこのコラムを開いてみた。すると、確かにそうだった。台湾人の「親切」「不親切」について書いている。もっとも、「テーマ」は同じでも「内容」は違う。お許し願いたい。ただ、今回のタイトルには「続」をつけた。そうはいうものの、以下の話は前回とテーマも内容も似通っている。ついでに、お許し願いたい。
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某日、「中華民国総統府」(上の写真)の見学に出向いた。2年前に続いて2度目で、何か変わりがあるかどうか、見てみようと思った。総統府の建物自体は日本統治時代の台湾総督府だが、今はいわば台湾の「大統領官邸」である。午前11時ごろ、総統府の裏門に予約もなしに出向き、パスポートを示して見学を申し込むと、簡単な荷物検査をしただけで、「日本人はそこでお待ちください」。待つ間もなく、日本語での案内係がやってきた。年配の男性で、僕ひとりに1時間ほど付き合ってくれた。見学できるのは1階だけで、総統や副総統のいる3階や4階には行けないが、歴代総統の執務机(写真下)などを見せてくれた。この執務机は、総統の席の対面にも、なぜか引き出しがいっぱいついていた。
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前回もふらりと総統府に行き、同じような手続きをして中に入ると、すぐに日本語での案内係がやってきた。日本でいえば「首相官邸」を案内するというのに、この気安さ、親切さは2年前も今も同じだった。次に台湾を訪れた際には、続々・台湾人の「親切」と「不親切」を書こうと思っている。