プーチン、スターリン、そして孔子

この2月24日、ロシア軍が大統領プーチンの命令で突然、隣国のウクライナに攻め入った。「特別軍事作戦」と称し、「虐殺から人々を救うのが目的」と言いながら、自らが大量虐殺を繰り返してきた。このことを聞いた時、ロシア(当時ソビエト連邦)が「日ソ中立条約」を一方的に破って満州(現在の中国東北地方)に侵攻した1945年8月9日のことを思い出した。ソ連の首相はスターリンだった。その頃のことを詳しく知りたくなり、去年亡くなった半藤一利さんの『ソ連満州に侵攻した夏』を読んだ。以下は半藤さんからの受け売りである。

当時、日本にとって、太平洋戦争の戦況はどうにもならないほど悪化していた。そんな中で日本政府がすがろうとしたのがソ連政府で、春以降、対米英戦争の和平仲介を辞を低くして申し入れていた。そして、ソ連満州侵攻の前日8月8日の午後5時過ぎ(モスクワ時間)、駐ソ大使佐藤尚武は、執拗に面会を申し込んでいたソ連外相モロトフとやっと会えることになり、クレムリンを訪ねた。日本時間の午後11時過ぎである。

佐藤は対米英戦争の和平仲介についての待ちに待った回答が手渡されるものと信じていた。ところが、渡されたものは手前勝手な理由を並べたてた「対日宣戦布告状」で、攻撃開始の期日は日本時間の明日、すなわち8月9日だった。実際、同日の午前1時前にはソ連の侵攻が始まり、日本の将兵たちは寝入りばなを襲われた。日本は能天気なことに何も知らなかったが、スターリンはその2年近く前の1943年11月29日、テヘランでの最初の米英ソ3国首脳会談で、対日参戦の意思を公式に表明していたのである。

また、ソ連側のもともとの満州侵攻の予定日はずっと後だったが、スターリンはこれを無理やり前に前にと繰り上げさせた。広島への原爆投下などで日本が戦意を失い、降伏してしまっては困るからである。せっかく目の前にぶら下がっているおいしい獲物が手に入らなくなる。スターリンが欲しがったのは、日露戦争の敗北で失った樺太の南半分、そして千島列島だった。千島列島については、もともと日本の領土であることをスターリンも承知していた。しかし、欲しければ、何も構うことはない。この点、スターリンプーチンも同じだろう。

当時、満州を実質的に統治していたのは、大日本帝国陸軍の「関東軍」だった。かつては「泣く子も黙る」とまで言われたが、敗色濃厚なフィリピン、台湾、中部太平洋の島々など南方戦線に次々と精鋭部隊を引き抜かれ、ソ連侵攻時には「張り子の虎」と化していた。一部ではソ連軍に激しく抵抗はしたものの、なすすべもなかった。そして、ソ連侵攻後、いち早く列車で朝鮮に向けて避難したのは軍人、役人、満鉄(南満州鉄道)関係の家族たちだった。あとには100万を超える日本人の居留民、開拓民が何の庇護もなく残され、ソ連軍によって殺戮、暴行、強姦、略奪の限りを尽くされた。

例えば8月14日の昼前、鉄道沿線の葛根廟(かっこんびょう)駅の近くでは、徒歩で避難してきた2千人余り、大半が女性や子供たちの日本人居留民が進軍中のソ連軍機甲部隊に追いつかれた。そして、中型戦車14両に蹴散らされ、轢き潰された。後続の自動車隊で来たソ連兵は、すでに息のない幼児までをマンドリン自動小銃)で撃ち、銃剣でとどめを刺した。千数百人がなぶり殺しにされ、血の海に横たわった。

散々な日本側だったが、たったひとつ褒められてもいいのは、ソ連の対日宣戦布告に対してこちらも宣戦布告しなかったことだ。もし、そうしていれば、泥棒にも「五分の理」を与えることになり、正々堂々と北海道に侵攻してきたかもしれない。現に、ソ連は米国に対して、戦後は北海道の北半分をソ連軍の占領地域とするよう要求していた。米国は日本を負かすためにソ連にあらゆる物資を送ったが、上陸用舟艇だけは与えなかった。ソ連軍の北海道への上陸を危惧したためとも言われている。

話は突如、2500年ほど前、魯の国で孔子が活躍していた頃にさかのぼる。高橋源一郎さんの「一億三千万人のための『論語』教室」を読んでいたら、こんな話に出くわした。ロシアとウクライナの関係にどこか似ている。

魯の国の実権を握る季氏(きし)という大臣がいた。彼は、周りを魯に囲まれてはいるものの独立した小さな某国を討とうとしていた。某国は魯に対して何の危害も与えていないのだが、いつか野心を抱いて、危険になるかもしれないから、というのが理由だった。季氏の側近だった二人の役人が「困ったことになりました」と、孔子に相談に来た。二人は孔子の弟子でもある。孔子は二人を叱り飛ばした。

「いつか危険になるかも」は何の理由にもなってないと諭した後、何よりも怖いのは、上司の暴走を止められない部下であると二人を責めた。「本当に怖いのは外部の敵ではなく、内部の敵です。季氏さんにとって一番の敵は、某国ではありません。間違った政策をとっている季氏さんを止めることができない無能な部下、そう、あなたたちなんですよ」。残念ながら、プーチンの部下たちも同じように無能だったのだろう。