テレビのCMへの違和感

夏場を控えてか、テレビではビールのCMが目立つ。そのひとつに吉永小百合が出ていた。ビールの入ったグラスを片手に、着物姿で真っ赤な絨毯の上を静かに歩いていく。この3月に満77歳になったとは思えない。美しい人である。そして、おっしゃる。「ビールって、こんなにおいしいものなんですね」。僕は思わず叫んでしまった。「やめてほしい」。
このCMにはいろいろな型があるようだが、彼女の「ビールって、こんなにおいしい……」は、僕にはいただけないせりふである。

だって、彼女は喜寿を迎えた今まで、ビールをどう感じながら飲んできたのだろうか? 「ビールって、まずいわね」「ワインに比べれば、イマイチね」なんて、思っていたのだろうか? それとも、ビールを一度も飲んだことがないのだろうか? それなら、それでもいい。でも、繰り返すけど、喜寿の今、「ビールって、こんなにおいしいものなんですね」なんて、わざとらしく言わないでほしい。まるで「カマトト」である。なお、ご本人は「酒豪」としてつとに有名である。

別のビールのCMでは、タモリが出ていた。「一杯だけご用意いたしました。一杯でお分かりいただけます」とのせりふに続いて、彼がビールを口にする。そして、ひとこと、「うまい」。これにも僕は「やめてほしい」と叫んでしまった。タモリもまもなく満77歳の喜寿になる。

タモリ吉永小百合早稲田大学第二文学部に同じ頃、籍を置いていた。そして今や、ともに功成り名遂げて芸能界の重鎮である。とりわけ、吉永小百合は2010年に文化功労者に選ばれている。さらに、反戦・反原発の活動も行っている。単なる「俳優、歌手」ではなく「文化人」の趣がある。

まだ若い芸能人が、出演料に釣られてか、ビールのCMに出演し、命じられたままに「おいしい」とか「うまい」とかつぶやく。あるいは「あ~」と、感極まったかのようにため息をつく。それはまあ、許せる。でも、お二人には同じようなことをしてもらいたくない。ちょっとつぶやくだけで恐らく大金を手にするのだろう。それを、僕が羨んでいるだけかもしれないが、お二人にはもっと超然としていてほしいのである。

生命保険会社のCMを見ていたら、法政大学の名誉教授で教育評論家の75歳の尾木直樹さんが出てきた。容貌や話し方から「尾木ママ」とも呼ばれている人である。CMで彼は、似たような年配の男女に向かって、死亡保険に加入するよう、しきりに勧める。「持病があるんですけど…」などと問われると、「入院歴・手術歴・持病があっても申し込めます」「お手頃な保険料です」と、もっぱらこの生保会社の宣伝に徹している。

大学の名誉教授で教育評論家を名乗る人物が、生保会社のCMに出るなんて、僕にはどうも納得できない。だから、「あ、尾木ママ、職業を教育評論家から芸能人に変えたのね」と思っていた。ところが、しばらくしてテレビの某報道番組を見ると、「教育評論家」の肩書で出演していらっしゃる。僕はしばらく絶句してしまった。

今まで書いてきたのは、テレビのCMに対する違和感だけど、話の幅をもうちょっと広げる。すると、気になるのは、報道番組の形をしたCMである。例えば、BS-TBSで報道している1時間番組の「吉田類の酒場放浪記」だ。「酒場詩人」とも呼ばれる72歳の吉田さんが毎回、4軒の居酒屋を紹介してくれる。なかなかに面白い。僕も時々見ている。

でも、吉田さんはどの居酒屋に入っても、そして何を飲んでも、何を食べても、おいしそうな顔をしている。親指を立てたりする。この演技力はたいしたものである。各種アルコールや食べ物の値段もいちいち紹介される。居酒屋の女将さんや親父さんも画面に出てくる。吉田さんはたまたま?居合わせた常連客とも杯を重ねる。……これって、どう見ても、宣伝そのものである。もちろん、その居酒屋の所在地なども画面にバッチリと出てくる。おまけに、吉田さんは居酒屋に向かう途中、菓子屋とか漬物屋とかにふらりと入る。やはり宣伝そのものである。居酒屋や菓子屋などはテレビ会社にいくら払っているのだろうか。

僕がまだ50歳代の頃、通信衛星(CS)を使う小さなテレビ局に新聞社から出向したことがある。大手のテレビ会社からやはり出向していた同僚が言った。「報道番組とCMを合体させる。それがこれからの方向なんです」。冗談じゃないよ。報道は報道、CMはCM。一緒にしちゃ、絶対にダメだよ。僕はそう思いながら、テレビの世界ではまだ1年生なので、黙っていたが、「酒場放浪記」はまさにそういう合体の産物であろう。

ふと、天野祐吉さん(1933~2013)を思い出した。長らく朝日新聞に「CM天気図」を連載、CMを通じて時代を斬ってきた人だ。この人なら、僕の「違和感」に答えてくれるかもと思って「天野祐吉のCM天気図傑作選」(朝日新聞出版刊)を繰ってみた。すると、直接の「答え」らしきものはなかったが、演歌師・添田唖蝉坊(そえだ あぜんぼう 1872~1944)が1925年頃に作った「金々節」が載せてあった。

金だ金々 金々金だ 金だ金々 この世は金だ
金だ金だよ 誰が何と言おと 金だ金だよ 黄金万能

まだCMなんて言葉さえなかった頃の作品である。勝手に節をつけて歌ってみた。すると、どこか、僕の「違和感」に対する答えのような気もしてくるのである。