「防衛力強化」への「道」は一つだけ?

我が国の防衛力の強化を求める声がかまびすしい。岸田文雄首相はあちこちで「防衛力を抜本的に強化する」と言い切っている。防衛費の額は国内総生産GDP)の1%というこれまでの枠が消えてしまい、代わって「対GDP比2%以上を5年以内に」という主張が大手を振っている。大ざっぱに言えば、現在の年間5兆円ほどの防衛費を毎年1兆円ずつ増やしていき、5年後に10兆円ほどにするということだ。

確かに日本は今、ロシアに北朝鮮、中国と、「一衣帯水」で「敵国たち」と向かい合っている感じがする。ロシアはウクライナで残虐非道の限りを尽くしている。どうかロシア軍だけは北海道に上陸してくれるなよ。そう祈りたくもなってくる。北朝鮮はしょっちゅう日本に向かってミサイルをぶっ放す。中国は尖閣諸島を頑なに自国領だと主張し、周辺で領海侵入を繰り返す。台湾有事とも絡んで、とりわけ中国の動きが不気味である。日本の防衛費倍増を望む気持ちも分からないではない。

ふと、10年前の2012年に、中国各地で吹き荒れた反日デモのことを思い出した。きっかけは、日本政府が民有地だった尖閣諸島を国有地にしたことだった。当時、東京都知事だった石原慎太郎氏はここを都有地にすると言い出した。もし、そんなことになったら、この人物はあとで何をやらかすか、分かったものではない。中国との間で要らぬ紛争を巻き起こすかもしれない。

心配した民主党野田佳彦政権が先手を打って尖閣諸島を国有化した。そのことは事前に中国の胡錦涛国家主席にも伝えていたようだが、中国側はこれにかみつき、僕に言わせれば、官製のデモを各地で繰り広げた。民有地であろうと国有地であろうと、日本の領地であることに変わりはないのだが、日本側を非難するいい機会だ、と思ったのだろう。

僕は当時、中国南部の大都市南寧で日本語の塾をやっていた。そして某日、市内で反日デモが行われることを知り、現地に駆けつけた。周りの中国人からは「危ないから、やめなさい」と注意されたが、僕だって元は新聞記者である。こんな興味津々の催しを見逃す手はない。300人ほどが集まっていただろうか。そして「祖国を守れ」「日本製品ボイコット」と(もちろん中国語で)叫ぶデモ隊の横を少し緊張しながら歩いていた。

すると、デモ隊の中から突然、ひとりの男の子が「先生、大丈夫ですか。危ないですよ」と日本語で叫びながら、飛び出してきた。僕はそれまでに10年以上、中国の大学や塾で日本語を教えてきた。見ると、確かに教え子のひとりである。デモが終わるまで、彼はずっと僕の横についていた。彼にすれば、せっかく反日デモに参加したのに、日本人のおじいさんの護衛役をしてしまった。そう悔やんでいたかもしれない。僕の方は、彼があとで反日デモの仲間から責められなかったか、心配にもなったが、以後、彼と会うことはない。

思うに、防衛力とは「軍事力」だけではないはずだ。外交の力も大いにあるだろう。そして、それらを突き詰めていくと、何よりも重要なのは、違った国に住む人たちがお互いによく知り合うことではないか。それも、政治家や官僚だけではなく、普通の人たち、いわゆる草の根の交流が大切ではないか。そうなれば、さっきの男の子と僕との関係のように、立場は正反対でも、いきなり「喧嘩」や「戦争」なんてことにはならない。日本の防衛力を差し当たって軍事力によって高めていくことも、理にかなってさえいれば、僕も反対ではない。でも、長い目で考えれば、また別の「道」もあるのではないか。

じゃあ、どうするか。僕は中国、ロシア、可能なら北朝鮮も含めて、世界各国からの日本への留学生を増やす、それも「国費」による留学生を画期的に増やすのがいいと思っている。日本には今、留学生が30万人ほどいるが、国費留学生は1万人に満たないようだ。彼らが政府からいくらもらっているのかは知らないけど、仮に国費留学生を10万人に増やし、1人当たり1年間に300万円を支給すると、必要な国費は年に3000億円である。僕は何も、今後5年間に防衛費を年1兆円ずつ増やしていくのに賛成しているわけではない。でも、どうしても1兆円ずつと言うのなら、その30%の3000億円は直接の軍事力以外に回してはどうか。決して突飛な金額ではないだろう。

短期的には、軍事力を強化して、他国が日本に攻め込むのを防ぐ。中長期的には、日本と戦争するなんて、何が何でも真っ平ごめんだ。日本には何かと恩義もある。そんな人たちを各国に増やしていく。それが防衛の「王道」であり、防衛力強化の手段はこちらに重点を移していく。そんなに夢想的な考えとは思わないのだけど、いかがであろうか。