「飴と鞭」がひどすぎる「マイナカード」普及策

総務省地方公共団体情報システム機構なるところから「マイナンバーカード交付申請のご案内」が送られてきた。カードの最新情報については「そろそろあなたもマイナンバーカード」で検索してください、とある。エッ、「そろそろ」だって!? いささか気の短い僕は、この「そろそろ」がまず頭にきた。

「そろそろ」にはいろんな使い方がある。例えば「そろそろ仕事を切り上げて、食事にしようか」あるいは「そろそろ酒にしようか」なら、僕もカッとはしない。だが、総務省の「そろそろあなたもマイナンバーカード」の「そろそろ」は、親が子に向かって「そろそろ寝なさい。いま何時だと思ってるのよ」「学校に遅れるわよ。そろそろ起きなさい」なぞと、いささか居丈高に金切り声を上げている様子を彷彿とさせる。

つまり「そろそろあなたもマイナンバーカード」は「えっ、あなたはまだマイナンバーカードを持ってないの? そろそろ申請しなきゃ、駄目じゃないの!!」と、上から目線で言われている気がするのだ。現にパンフレットには、キャラクターのウサギが「え? まだ?」と、押しつけがましく言っている絵が添えてある。せめて「あなたもマイナンバーカードはいかが」くらいにしてはどうなのか。

以上が「鞭」つまり嫌がらせとすれば、「飴」は何といっても、年末までにカードを申請すれば、最大2万円分がもらえる「マイナポイント」だ。カード取得に加えて、健康保険証としても利用したり、公金受取口座を登録したりすると、ポイントが増えていって、最大2万ポイントになる仕組みだ。いったいその原資はどこから出てくるの? もちろん税金で、1兆8千億円も掛けるとか。こんなことに税金を使ってもいいのだろうか?

河野太郎デジタル相は9月20日、日本記者クラブでの会見で、以前にテレビでマイナポイントについて「若干邪道と言ったことがあるが……」と問われ、「若干邪道というよりは、邪道ですよね」と答えている。もっとも、河野氏は「マイナンバーカードを申請していただくためには、邪道でもありかな」と続けるのだが、政府自身にとってもマイナポイントは胸を張れる方法ではないのだ。

親しくしている3家族10人に「マイナンバーカードやマイナポイントをどうしているか」とメールで問い合わせてみた。すると、子どもも含めた9人は「カードは持っていない」、1人が「マイナポイントが欲しくて、カードを申請した」との返事。9人はカードを持たない理由として「政府の情報管理に不安がある」「口座番号を知らせるのに抵抗がある」「マイナポイントで釣ってくるのが不愉快だ」などを挙げた。ただし、「いずれはカード取得が義務化される可能性がある。その折には、マイナポイントもなくなるだろうから、悔しい気もする」ともあった。

そう、マイナンバーカードの普及率は現在50%ほどだそうだが、政府は今年度末までにほぼ100%にしようとしている。マイナポイントがうまくいかなければ、そのうちに、何か別の嫌がらせをしてくるかもしれない。ふと、僕が以前に勤めていた新聞社で(もう何十年も前の話だけど)給料が銀行振り込みになった時のことを思い出した。

会社はその理由として、社内の合理化のほか、銀行に置いてある給料を必要な分だけその都度引き出せば、無駄遣いしないとか、銀行にある間は利子も付くとかを挙げてきた。僕はさっきの「そろそろ」じゃないけど、これにカチンときた。給料が毎月、手取りで100万円か200万円でもあれば、そうも言えるだろうけど、ふざけるんじゃない。僕は断固、銀行振り込みを拒否した。社内には「同志」も結構いて、それまで通り現金の入った給料袋を受け取っていた。給料日の夜、出先から会社に上がると、政治部、経済部、社会部…などに張り付いているアルバイトの大学生が給料袋を手渡してくれた。

そのうちに、いわゆる「同調圧力」も働いたのだろう。同志がだんだん減ってきたようだ。やがて、会社から「これからは直接、会計部まで給料を取りに来てくれ」と言ってきた。まあ、嫌がらせである。面倒だし、むっつりした会計部員からいちいち給料を受け取るなんて、くそ面白くもない。僕もついに陥落して、銀行振り込みを受け入れてしまった。

マイナンバーカードに絡む嫌がらせでは、政府はすでに自治体ごとのカードの交付率に応じて地方交付税の額を増減させることを検討している。カードの給付は直接的には市町村の仕事であるから、交付税の増減で自治体のお尻に鞭を当てようというのだ。これに対し、大阪市の市長が「やり方がせこい」、群馬県知事が「ほとんど恫喝(どうかつ)だ」と述べるなど、自治体からの反発が広がっているが、我々国民一人ひとりに対しては、最終的にどんな鞭を考え出してくるだろうか?

とにかく、政府に欠けているのは、岸田文雄首相の口癖の「丁寧な説明」である。それをおろそかにして、とにかく、やや常軌を逸した「飴と鞭」で目的を達成しようとする。マイナンバーカードをいつまでも拒否していたら、結局は自分が損をするだろう。所詮は敵のほうが強い。でも、それが分かっていても、こんな傲慢(ごうまん)な政府の軍門にそう簡単には下りたくないのである。