
さらに、お一人ずつのコメントがついていて、上野さんは「この枕に替えたら、ずっと悩みのタネだった朝起きたときの首のコリが気にならなくなりました。驚きましたね」。養老さんは「枕の高さが合わないとストレスで寝つきが悪くなる。この枕は昔から後頭部がしっかり休まるので、あっという間に眠りに落ちます」。また、落合さんは「90代になると満身創痍ならぬ満身疼痛になり、寝つけなくなりました。でもこの枕は頭をのせると力がスーッと抜けて、5分もたたずにムニャムニャって。寝つきの良さが戻ってきました」。皆さん、一様に広告の枕を絶賛している。まるで「魔法の枕」みたいである。
僕はこのチラシ広告を見て、ちょっと違和感を覚えた。お三方がどんな枕を使おうと、また、それを「こいつは素晴らしい」「安眠できるわ」などと友人や知り合いに吹聴されようと、ご自由である。でも、この広告に出るということは、お三方に対しておカネが動いているはずである。そのことに対して「どうかな?」と思ってしまう。
もし、おカネが動いていないなら、そして、お三方が人々の安眠を願う気持ちから無料で出演されたのなら、謝罪するけれど、そんなことはまずはないはずだ。それに、年齢だけは85歳でかつ無名の僕には、こんな広告への出演依頼はまず考えられない。従って、おカネももらえない。「違和感」には、そうした「嫉妬心」が働いているのかもしれない。

もちろん、おカネをもらって、広告に出ることがすべて悪い、というわけでは決してない。例えば、MLBロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手はテレビのいろんなCMに登場する。上の写真は「熱闘!おむすび選手権」とやらのテレビのCMである。選手権の中身は全く知らないけど、世間に害を与えるようなものでなければ、広告に出ておカネを稼いでも、一向に構わない。つまり、大谷選手は「野球」という「芸」を磨いてきた人である。言わば「芸人」である。「芸能」「芸能人」と呼んでもいい。その芸・芸能を売っても、どこも悪くない。広告を見ているほうも、大谷選手が広告主に「魂」を売り渡しているなぞとは、全く思わない。お、あちこちで稼いでいらっしゃるな、と感心するくらいだろう。
決して、芸人、芸能人を見下しているわけではないのだけど、上野千鶴子、養老孟司、樋口恵子の皆さんは芸人、芸能人ではない。それぞれ著書も多いし、あちこちで「卓見」を述べていらっしゃる。まあ「有識者」「知識人」と言ったところだろうか。そんな方たちがカネ欲しさ(?)に枕を抱えてニッコリなんて、僕はいまひとつ感心しない。
芸人、芸能人の方々に対しても、似たような違和感を覚えたことがあった。もう4年ほど前だったか、この世界の御大とも呼ぶべき吉永小百合、タモリのご両人がそれぞれ別のビールのテレビCMに同じ頃、出ていたことがあった。
このCMの中で、吉永さんはビールの入ったグラスを片手に、「ビールって、こんなにおいしいものなんですね」とおっしゃる。ご存じかどうか、彼女は酒豪で知られている。カマトトか!? 一方のタモリさんは、用意されたグラスのビールを口にして、ひとこと「うまい」。やめて頂戴!! お二人は当時、喜寿の頃だったか。そんなお年になって、おカネ欲しさかどうかは存じませんが、ビールがおいしいとか、うまいとか、僕は大いに衝撃を受けて 当時、そのことをこのブログに書いている。
おカネは誰でも欲しい。僕のこの駄文ブログ「なんのこっちゃ」もかつては朝日新聞の電子版とやらに掲載され、確か1本1万円の原稿料を貰っていた。ありがたかったが、そのうちに紙面替えということで掲載打ち切りとなった。今はどこからも1円も入ってこない。
つまり、いつまでもカネを稼げるわけではない。その意味で、若い大谷翔平選手なんかは来るものは拒まずで、どんどん受け入れておいた方がいいかもしれない。だけど、上野千鶴子さん、養老孟司さん、樋口千恵子さん、それに、吉永小百合さん、タモリさんあたりは、失礼ながら「おカネをもらえるの? じゃあ、OK」と飛びつかずに、「この広告に出てもいいのかしら?」と、少しは考えてくださっても、いいのではないだろうか。



