戦後70年安倍談話を「添削」する

安倍首相が「戦後70年の首相談話」を発表した。この安倍談話、その「内容」はさておき、基本的に日本語の作文としてイマイチ感心しない。僕は長い間、中国人が書いた日本語の文章を添削してきた。日本にしばらく戻っている今もメールでちょくちょく作文がやって来る。添削して送り返しているが、安倍さんにはいささか失礼ながら、その流儀でこの談話を添削してみた。

まず言いたいのは、何よりも長過ぎることだ。数えてみると、3400字ほどある。読むのにくたびれる。50年の村山談話が1300字ほど、60年の小泉談話が1200字ほどだったのに比べべらぼうに長い。安倍さんは談話の中で、我が国が損害と苦痛を与えた一人ひとりにそれぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があったことを述べた後、「この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません」と言っている。言葉を失い、かつ断腸の念の割には、あとからあとから言葉がわき出てきている。

別に短ければいいという訳ではないが、例えば新聞の社説である。『朝日』『毎日』『読売』――ともに毎日2本、社説が載っているが、1本の長さはどれも1000字ほどだ。時には2本分をまとめて倍にすることもある。つまり1000字から最大2000字もあれば、たいていのことは一応の主張ができるのである。それを読む人、聞く人の迷惑をよそに3400字も使うとは、失礼ながら、頭のいい方のすることではない。

ちなみに「人民の、人民による、人民のための政府」という名文句で誉れ高い、米国第16代大統領リンカーンゲティスバーグ演説は、日本語に訳してわずか800字足らずである。

ご本人は粋がっていらっしゃるようでもあるが、はたから見ると、くどくてださい表現もある。例えば、「私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます」をはじめ、「何々を、この胸に刻み続けます」との表現が次々と計4回も出てくる。おまけに「歴史の教訓を深く胸に刻み」というのもそれらの前にある。同じ表現の繰り返しでその本気度を強調したおつもりかも知れないが、そんなにたくさん胸に刻みつけられるものだろうか。

しかも、この4回の「胸に刻み続けます」が出てきた段落の最後はそれぞれ「国際社会でその責任を果たしてまいります」「世界をリードしてまいります」「一層、力を尽くしてまいります」「これまで以上に貢献してまいります」で締めくくっている。「まいります」の繰り返しにいささかうんざりしてしまう。

ところで、わが国には「常用漢字」なるものがある。「法令、公用文書、新聞、雑誌、報道など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の目安」とされるもので、内閣告示の「常用漢字表」には2136の漢字と音訓4388の読み方が載っている。強制力はないし、僕もときどきそれ以外の漢字を使うが、新聞、雑誌はおおむねこれに従って表記している。

ところが、安倍談話は常用漢字をけっこう無視している。例えば「お詫び」とあるが、「詫」という字は常用漢字表にはない。安倍さんは「辛い」と書いて「つらい」と読んでいるが、常用漢字表ではこれは「からい」としか読まない。「訣別」の「訣」、「嘗め尽くした」の「嘗」、「熾烈」の「熾」など常用漢字ではないのが次々に出てくる。この種のものが安倍談話には15やそこらはある。各新聞は安倍談話を載せる時、それらにふりがなをつけたり、ひらがなに書き換えたり苦労している。

安倍さんが私的に文章を書く時なら、常用漢字表をいくら無視しても結構である。しかし、安倍談話は立派な公用文書である。できる限り常用漢字表に沿ってほしい。なのに、安倍談話では政府が決めたことを政府自らが破っている。

いま少ししつこく追及すると、「国内外に斃れたすべての人々の命の前に」とあるが、「斃」という字は常用漢字表にはない。分かりやすく「倒れた」あるいは「亡くなった」としたら、何か不都合でもあるのだろうか。ついでに言うと、国内外「に」ではなく、国内外「で」のほうがよくはないか。「で」と「に」の使い分けは、日本語を学ぶ中国人が初級クラスの頃、苦手とするところでもある。

安倍談話にいちゃもんをつけたついでに、終戦の日の全国戦没者追悼式での安倍さんの「式辞」にもひとこと言いたい。ここでも常用漢字表の軽視が目立つが、なかでも「孜々たる歩み」という言葉だ。常用漢字にない孜々は「しし」と読み、辞書には「熱心に仕事に励むさま」「せっせと」とあるが、こんな言葉、どれだけの人が知っているだろうか。「謙抑を忘れません」もそうだ。謙抑は常用漢字だが、「けんよく」と聞いて「謙抑」の浮かぶ人がどれだけいるだろうか。どうもこの方はわざと難しい言葉を使って、自分を賢く見せたがっているみたい。ちなみに、天皇陛下の「おことば」には常用漢字表から外れた表現はひとつもなかった。