「ワクチン接種申し込み」騒動記

わが埼玉県川越市でも高齢者向けの「新型コロナウイルスワクチン接種券」が送られてきた。僕のかねての主張は「ワクチン接種はまず、出歩くことが多く、したがって感染しやすい若い世代から始め、蟄居も可能な高齢者はその後で」というものだが、接種券までが届いてしまった。主義主張には反するが、せっかくだから接種をお願いしよう。予約方法は電話とWEBの2通りだ。電話はなかなか繋がらないそうだけど、何十回か掛ければ、なんとかなるだろう。WEBも扱えないことはない。そう思い、のんびりと構えていた。

ところが、ある日の朝日新聞「かたえくぼ」欄を見ると、『家族総出』と題して「昔――田植え 今――ワクチン接種予約」というのが載っている。えっ、そんなに大変なの!? あわてて、僕の分は千葉県在住の長男、妻の分は神奈川県在住の長女に頼むことにした。

予約申し込みの当日、開始時刻の午前9時、パソコンの前に座った。パソコンの横にはスマホを置いて、息子や娘からの連絡を待った。そして、10分、20分、30分……一向に朗報がやってこない。イライラして、2人にメールを送った。ただし、文面だけは穏やかに「面倒をかけて、申し訳ない。無理しなくても、いいんだよ」。そのうちに娘から短い返事が来た。「やっと病院を選ぶところまで来たけど、しょっちゅう切れる!」

午前10時ごろ、川越市役所から妻あての「ワクチン接種予約が完了いたしました」というメールがきた。娘のほうは予約に成功したようだ。後で本人に聞くと、目の前にパソコン、スマホ、固定電話を並べて取り組んだ。電話は一度も繋がらず、パソコンとスマホは何度か繋がったが、「病院選択」「日時選択」など7つほどある「関門」を続けて通るのが難しく、前の画面に戻ったり、初めからやり直したり。揚げ句はエラーになる。艱難辛苦、やっと1つ、予約できたので、以後は僕のために、息子と娘が協力することになった。

息子も午前9時以降、パソコンでひたすらログイン画面を目指すが、なかなか繋がらない。同時にスマホからも電話し、傍らでは息子の妻も固定電話で掛け続けたが、これも繋がらない。やっと10時半ごろ、娘のスマホが繋がって、僕の分も完了した。「戦闘開始」から1時間半。それまでに息子が掛けた電話の回数は159回に達していた。接種日は開始の日から1週間ほど後になったが、医院は我が家から歩いて10分ほどのところにある。まずまずの「戦果」であろうか。

今回のワクチン接種の申し込みでは、僕は長男と長女に協力を頼んだが、万全(?)を期すならば、横浜市在住の次男にも頼んでおき、僕自身も「参戦」する手があった。まさに家族総出で、4カ所から攻め立てれば、もっと早く予約が取れたかもしれない。だけど、そんな単純な話ではない。

つまり、この種のことは今回、全国津々浦々で起きている。おかげで、電話もWEBもなかなか繋がらず、みんながイライラし、システムはパンクしてしまう。例えば、電話を掛けて話し中なら、しばらく待って掛け直す。そうすれば、いつ掛けても話し中ということが減るかもしれない。だけど、とにかく早く予約したい。そんな人たちにそれを言っても、無理というものだ。恥ずかしながら、僕もそうだった。同じ国民がこんなことで、それこそ目を三角にして競い合っているなんて、笑い話では済まされない。

それはそれとして、我が家にときどき顔を出す近所のご老体がいる。予約開始日の翌日、予約できたかどうかを尋ねると、何度も電話したけど駄目だったとのこと。それで、息子さんにでも頼んで、WEBでやったほうがよさそうだよ、と勧めておいた。数日後、また我が家に見えた折に結果を聞くと、ふと思いついて、かかりつけの医者に相談したら、接種券を持ってきたらOKと言われたとのこと。えっ、そんな手もあるんだ!? ご老体は善良そのものの人物だから、彼を責めたくはないけれど、なるほど、世間ではこの種のことがちらほら起きている。

前後して、上海に住む中国人の知人から「自分もワクチンを接種しました」とのメールが来た。「副反応が怖いので、これまでは接種を渋っていたが、周りの人たち皆がしているので」という。で、どんなふうに、どこで、と問い合わせると、上海の街中にはあちこちに接種会場があり、ぶらりと訪れても、身分証を示せば、すぐにその場で接種してくれるとのこと。別世界の話みたいだ。中国製ワクチンに対してわが国では「有効性に疑問がある」などと悪口を言ったりしているが、今回の「騒動」を思い返すと、そんなことくらい、どうでもいいじゃないの、と思われてくるのである。