腱鞘炎との付き合い方

僕はこの半年ほど、両方の手首と指が痛む腱鞘炎を患っている。かつては、腱鞘炎は手を酷使するピアニストや料理人、あるいは理容師、美容師の「職業病」と言われ、近年はパソコンやスマホの普及で「国民病」と呼ぶ人もいるようだ。

僕はパソコンやスマホをそれほど使うほうではないのだが、どのようにつらいかと言うと――例えば、缶ビールの蓋を開ける時に、ピリリッと指が痛んだりする。そばに誰かがいたら、蓋開けをお願いすることもある。

ビアホールでビールのジョッキを持ち上げる時もそうだ。僕は中ジョッキや大ジョッキなどといった中途半端な大きさが嫌いで、普通は1リットルが入った「リッタージョッキ」を注文する。ところが、これが結構重くて、腱鞘炎の片手で持ち上げるのはいささかつらい。仕方なく、みっともないけれど、両手で抱えて飲んでいる。

お好み焼き屋に行った時も苦労する。僕は「鍋奉行」じゃないけど、お好み焼きを食べる際、全体を仕切るのが好きだ。つまり、椀に入った具をまずかき混ぜる、焼き始める、片面が適当に焼けたところでひっくり返す。焼き上がったら、いくつかに切り分けて……ところが、腱鞘炎の手では、これらがなかなかに厄介である。勢い、同席の誰かに頼むようになり、お好み焼きの楽しみが半減してしまった。

もちろん、治療していないわけではない。最初は自宅近くの整形外科医に行ってみた。医師はかなりのご老体だが、ときどき世話になっている。ところが、湿布をくれるだけである。湿布だけではいっこうによくならないし、かえって肌がかぶれてきて、痛くてしようがない。

ふと思い出した。もう四半世紀も前のことだが、サッカーの試合で小指を踏みつけられて腱がおかしくなった時、かかりつけの近くの接骨院に行ったら「指のことでは日本全国で5本の指に入る」という年配の整形外科医を紹介された。駄洒落みたいな言い方だったが、ここも自宅からそう遠くはない。今回も自転車をこいで行ってみたが、すでに医院を閉じていた。

また、ふと思い出した。僕は3か月か半年に1回、脊柱管狭窄症のことで慶応大学病院の整形外科に通っている。少し先に予約もある。その時に治療を頼めばいい。ところが、その日がやってきて、僕の話を聞いた慶応大学病院の医師は「残念ながら、この病院には指のことに詳しい医師はいないんですよ」。

事ここに至っては、医者はだめだ、接骨院に行くしかない。さっき書いたかかりつけの接骨院に行った。僕に「名医」を紹介してくれた院長はすでに亡くなり、息子の代になっている。ここでは電気をかけ、お灸をすえ、そしてマッサージという30分ほどの「3点セット」が毎回の治療だ。自宅の風呂でやる指の体操も教えてくれた。だけど、毎日通うのがつい面倒くさくなり、週に2回程度しか行っていない。風呂での指の体操もさぼりがちだ。そのせいもあるだろう、いっこうによくならない。

そんな折、近くの理髪店に行って、40歳くらいの男性の理容師に髪を切ってもらいながら、ふと思った。1日中、ハサミを使っている彼の指はどうなっているのだろう? で、「あなたは腱鞘炎とかにはならないの?」と尋ねてみた。すると、「いやあ、ひどいもんですよ。この商売をやめない限り治らない、と医者から言われています」とのこと。でも、理髪店を続けているのだから、何かの治療はやっているはずだ。そう思ってさらに尋ねると、いろいろと教えてくれた。

「治療法と言えば、仕事以外では手をできるだけ休ませることです。それしかありません。まず、食事では絶対に箸を使わない。スプーンとフォークで食べています。僕の腱鞘炎は仕事で酷使する右手だけなんですが、スプーンとフォークでもつらい時は犬食い、つまり口を直接、料理にくっつけて食べたり、あるいは左手で食べたりしたこともあります」

「風呂に入って頭を洗う時は、シャンプーをつけた後、指先でごしごしやったりはしない。いささか物足りないんですけど、手のひらでそうっと頭をなでています。夜、寝る時には必ず軍手をしています。少しでも温めたほうがいいでしょうからね」

彼は「温泉もいいですよ」と勧めてくれたが、そこまでは無理として、スプーンとフォークなどはさっそく真似させてもらっている。サバやアジの塩焼きを食べる時にはナイフも使っている。これらを実行してすでに1か月かそこらになるが、いくらか手の痛みが減ってきたような気もする。当分はこのやり方で腱鞘炎と付き合っていくつもりである。