もう一度、スリに遭いたい

広西師範大学日本語科の学生4人と夕食の約束をした。レストランのテーブルに着き、肩に掛けていたウエストポーチを下ろすと、ファスナーが開いている。嫌な予感がした。

中を覗くと、やっぱりと言うか、郵便封筒がない。封筒には1000元(約1万5000円)が入っていた。日本人にとっては驚くような金額ではないが、当地ではちょっとした大金だ。レストランやホテルの若い従業員の給料が月に500〜700元程度だから、彼らの1か月分以上の稼ぎが消えてしまっている。

この日、学生たちにご馳走するカネはお尻のポケットの財布に入っている。こちらは無事だから、勘定の際の心配はない。なくなった1000元は、もし何かでカネが余分に要ることになったら、と思って、家を出掛ける時にウエストポーチに放り込んできた。

スリに遭ったとしか思えないが、どこでやられたのだろうか? バスに乗る前には、封筒は確かにウエストポーチの中にあった。バスは割合にすいていたし、僕はずっと窓際に一人で座っていた。バスを降りてからこのレストランまでの間、そばに人が寄ってきた気配はなかった。でも、バスに乗り降りする際、出入口は少し込み合っていた。どうやらその時にやられたらしい。早業である。

このウエストポーチはかねがね中国人から「危ないです、スリに狙われますよ」と注意されていた。だが、なんの根拠もないのに「僕に限って」と、高をくくっていた。スリにとっては、何が入っているか分らない封筒を開けたら、思いがけなく100元札が10枚・・・「ヤッタァ」と歓声を上げたのではないか。1000元自体はすぐにあきらめられるが、スリを喜ばせたことがくやしい。

その数日後のこと、東方語言塾の同僚の李錦蘭老師と街を歩いていたら、彼女が突然「コラッ」と叫び、左手を大きく振り払った。後ろから彼女の左脇に近づいてきた男が、ショルダーバッグのファスナーを開け、中に手を突っ込んできたのだそうだ。男は二人連れで、手を振り払われた後、そ知らぬ風を装って足早に立ち去っていく。

世界的な観光地のこの桂林には、スリも各地からいっぱい集まってきているという。バスターミナルの内外はいつも人でごった返しているが、わが塾に来ている地元の青年によると「3人のうち2人はスリだ」とのこと。話半分としても、ゴーカイなことだ。中国は何事につけスケールが違う。そのせいもあるだろう、僕が「スリの被害を一応、警察に届けておきたいんだけど・・・」と話すと、まわりの中国人から大笑いされた。「この程度のことに警察がいちいちかかわっている暇はありませんよ」。

後日、さきの李老師から「桂林ではこのくらいの用心をしなければ駄目ですよ」と、彼女の鞄を二つ見せられた。その一つは鞄の中にファスナーつきの小さなポケットが五つも六つも設けてある。それぞれ財布入れ、カード入れ、携帯電話入れというように分けて使うんだそうだ。もし、スリにやられても、被害をできるだけ小さくする対策だ。

もう一つの鞄は、内ポケットは二つだけだが、ファスナーが左右ではなく上下についている。つまり、鞄の底にまで手を突っ込まない限り、ファスナーを開けない仕掛けだ。なるほど、そこまでやらないといけないのか。今回のスリとの遭遇はいろいろと勉強になった。

楽しみも一つ増えた。例のウエストポーチを今もときどき持ち歩いている。そして、1000元をやられた時と同じような格好で封筒も入れている。ただし、封筒の中には紙くずしか入っていない。スリをがっかりさせてやるためだ。ファスナーの部分はいつも外側に向け、はい、どうぞ、いつでもお開けくださいという感じで、これ見よがしにしている。もう一度、スリに遭って、封筒を取られ、今度は僕が「ヤッタァ」と歓声を上げたい・・・だけど、その後はいっこうにスリに遭遇しない。くやしい。

(お知らせ1)「桂林発なんのこっちゃ」は毎月1日と15日に更新する予定です。もし遅れた場合はご容赦ください。

(お知らせ2)北京在住の布上ユキさんという方の「あっぱれ中国人!」なるコラムはなかなかに楽しいです。
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