泥棒業界トライアングル?

道路に面した、わが家の門扉の錠が開かなくなった。鍵を差し込んで、どう力を入れてみても、びくともしない。数日は背丈ほどの門扉をよじ登って、泥棒よろしく出入りしていたが、日曜日、わが塾の生徒に頼んで人を呼んでもらった。

やってきたおじさんは、錠に鍵を差し込んでペンチで回し・・・ものの1分もたたないうちに、錠を壊してしまった。音も立てない。実に鮮やかなものだ。ついでに、開きにくくなっていた家の入り口の錠も直してもらった。代金は出張料も込めて50元也(1元≒14円)。まあ、リーズナブルな値段だろう。おじさんからもらった名刺には「○○開鎖公司」とある。「鎖」は「錠」のことだ。へえ、錠開け専門の会社なんだ。いろんな会社があるんだなあ。

そう感心しながら、気になることがあった。おじさんは僕がこの家の本当の住人であるかどうかを確かめなかった。外国人と分かっているのだから、パスポートの提示を求めてもいいくらいだ。僕もすんなりと応じたはずだ。なのに、電話1本で飛んで来て、いきなり錠を壊してしまった。もし僕が泥棒で、この家がしばらく留守になることを知っていたとする。で、「鍵をなくした」とかなんとか言って開鎖屋を呼び、錠を壊してもらう。あとはゆっくりと室内を物色・・・なんてことが可能なのではないか。

そう言えば、これまであまり気にかけていなかったのだけど、この桂林の街には開鎖屋がやたらと多い。わが塾のすぐ近くにも「開鎖にすぐ参上します」という大きな看板を掲げた店がある。これほどではなくても、電気製品の修理屋なども営業項目の一つに「開鎖」をあげている。そんなのも含めて開鎖屋は、塾の近くだけで5軒や10軒はありそうだ。タクシーの屋根のランプにも開鎖屋の電話番号が書かれていたりする。

普通、開鎖屋のお世話になるのは、僕のように自宅の錠が壊れてしまった人、あるいは家や車、バイク、スクーターなどの鍵をなくしてしまった人だろう。でも、開鎖屋がこれだけ多いことから推測するに、利用方法はどうやらそれだけではないのではないか。錠が壊れたり、鍵をなくしたりする人が、そんなに多いとはとても思えない。

開鎖屋さんの業界から名誉毀損で訴えられるかも知れないが、もしかしたら、開鎖屋業界と泥棒業界との間になんらかのつながりがあるのではないか。以前、この『なんのこっちゃ』で、泥棒業界と防盗窓業界との仲を疑ったことがあるが、これに開鎖屋業界もからんだ「泥棒業界トライアングル」なんてものが、存在しているのではないか。そんな勘ぐりもしたくなる。(7月15日付「桂林名物『鉄格子』」をご参照)

わが塾で韓国語を学んでいた女性が、鍵をかけて止めていたスクーターを、目を離したわずか数分の間に盗まれた。犯人は多分、スクーターをトラックか何かの荷台に放り込んで逃げて行ったはずだ。どこかでゆっくりと鍵を開けているに違いない。

そうにらんだ彼女は、程遠くない開鎖屋に飛び込んだ。予感は当たった。あった、あった、なくなったスクーターが・・・。そばには犯人と思しき若い男が立っていた。店が忙しくて、まだ開鎖には至っていなかったのだ。

「これ、私のスクーターよ」。彼女はスクーターに鍵を差し込んで、それを証明してみせた。犯人らしき男は知らん顔をして、黙ってそばに立っている。なんのことですか? 私は何も知りません、関係がありません、といった顔つきだ。店の主人も知らん顔をしている。さあ、なんであなたのスクーターがここにあるのか、私にもまったく分かりませんねえ。多分、犯人はこの店の得意客なのかも知れない。これ以上騒いで危害でも加えられたら、ばかばかしい。彼女はスクーターに乗って早々に開鎖屋を出た。

そんな話を聞いていると、泥棒の多いこの街だけど鍵を掛けるなんてのは、結局はむなしいことではないのか。「防盗窓」という鉄格子の窓だって、同じことではないのか、と思えてくる。『なんのこっちゃ』に意見を寄せてくださった「桂林散歩」氏も「本気の窃盗団は、バールのようなもので簡単に(防盗窓の)間隔を広げて窓をこじ開け侵入しますよ」と言っておられる。錠や防盗窓は気休めに過ぎない。

わが相棒の中国人の先生にそう言ったら「まあ、そうでしょうが、中国語には『防君子 不防小人』という表現があります」と教えてくれた。鍵をかけておけば、君子に対しては効果がある。つまり、出来心かなんかで盗まれるのを防げる。だが、小人つまり本職の泥棒に対しては効果がない。そんな意味だそうだ。「いい泥棒」と「悪い泥棒」がいるみたいだ。

やはりわが塾で日本語を学んでいる主婦の家に泥棒が入り、テーブルの上の携帯電話を盗まれたことがある。聞けば、彼女の家はわが家と似ていて、道路に面して門扉のある平屋建てだ。違うのは、この門扉の中に3軒の平屋があることで、人の出入りが頻繁なので門扉には普段、鍵が掛かっていない。そんなある日、彼女は自宅の戸も開けたまま台所で家事をしていて、被害に遭ってしまった。桂林人にしては随分と不注意なことだが、鍵を掛けておかなかったために「いい泥棒」さえ防げなかったということだろうか。