続・広西ケチ風土記

東北地方(黒竜江吉林遼寧の3省、旧満州)から桂林の大学に入った某君の話。クラスメート、ルームメートには桂林を始め地元の人間が多い。ある日、東北出身のクラスメートと一緒に「たまにはみんなでビールでも飲みに行かないか」と、地元の連中を誘ってみた。すると「行く」とも「行かない」とも言わない。「分からない」という返事が戻ってきた。

分からないって、どういう意味だろう? 首を傾げながら、東北の友人と出かけようとすると、地元の連中ものこのことくっついてきた。結局、東北人のふたりがすべて奢らされる羽目になった。思うに、本当は行きたいのだけど、「行く」と言えば、カネがいることになるかも知れない。もちろん「行かない」とは言いたくない。そこで、「分からない」との意味不明の返事になったというのが、某君の解釈だ。

以後、地元の連中と飲み食いする時には、某君がいつも奢らされる。いささか腹も立ってきたので、「たまには僕においしいビーフン(米粉)をご馳走してくれないか」と、持ち掛けたことがある。ビーフンは桂林の人たちの大好物で、格好だけはうどんに似ている。街中いたる所にビーフン屋があり、桂林人なら毎日1回や2回は食べないと落ち着かないそうだ。普通1杯が2〜3元(1元≒13〜14円)ときわめて安い。ところが、某君に対する地元の連中の返事は「おカネがないから、どうしようもない」。中国語だと「メイヨウチエン メイバンファー」というこの言葉は、地元の人たちの口癖だとも言われている。

やはり東北出身で同じく桂林の大学に入った某々君の話。彼も地元の連中にしょっちゅう奢らされているので、何人かとレストランに入った折、割り勘を提案してみた。みんなOKした。ところが、いざ勘定となると、地元の連中は「今日はカネを持っていないので、立て替えておいてくれ」と言う。後日、立替分を請求すると、相手は怒り出した。「東北人は金持ちだろう。このケチめ」。青筋が立っている。

以上の某君と某々君、地元の連中とはできるだけ付き合わないことにし、暇な折にはもっぱらわが東方語言塾に来て日本語の勉強に励んでいる。

次は、やはりわが塾の生徒だが、地元出身の大学生某嬢の話。キャンパスで東北出身の男の子を見つけると、仲間の女の子と一緒に寄っていって友達になり、食事を奢らせるのだそうだ。僕も5年間、東北のハルビンに暮らしたことがあるが、確かに彼の地の人たちは気前がいい。あるいは、エエカッコシイと言うか、パッパッとおカネを出す傾向がある。僕が奢るつもりでいても、うっかりするといつの間にか、相手が勘定を済ませていたりする。そのあたりが、生き馬の目を抜くと言うか、とにかくすばしこい当地の人たちに付け込まれるのだろう。さっきの某嬢、「私たちだって決してケチではありません。ときには東北の友人にジュースを買ってあげたりします」と言うが、まあエビタイの部類であろう。

では、気前のいい東北人が仲間にいないと、付き合いはどういうことになるのか。以下は、桂林の男性と結婚した他省出身の30歳代の女性の話。3歳の女の子がいる。同じ年ごろの子供を持つ母親たちと一緒に街中で子供たちを遊ばせることがある。お昼になる。子供たちはファストフードの店に行きたがる。行ってもいい。いろんな遊具も置いてある。そこで子供たちを遊ばせるのも悪くない。

でも、ひとつだけ「条件」がある。割り勘にできるならば、である。これまでの経験だと、支払いはまた自分に押し付けられそうだ、「おカネがないから、どうしようもない」と。それが嫌で、「じゃあ、そろそろ、さようなら」ということになる。子供向けのいろんな乗り物がある公園にも、乗り物の代金のことを考えると、一緒には入りにくい。

「大日本どケチ教」教祖の吉本晴彦さんあたりに言わせると、「それはケチではない、シブチンです。ケチは出すべきものは出すが、シブチンは何がなんでも出さない。ケチはええけど、シブチンはあかん」ということになるかも知れない。

最後の話はケチ、シブチンと言うよりも・・・わが塾は踊り場を挟んだアパートを2軒、借りている。その電気代、水道代を払うには、家主名義の銀行カードが必要だ。2軒の家主は別だが、友達か親類同士らしく、いつも一方の家主の妻のほうが代表で出てくる。この女性に頼んだら、気軽にカードを2枚、作ってくれた。そして「カードを作るに当たってはおカネを入れなければいけないので、100元ずつ入れました」と、計200元の領収書を見せた。それはご苦労様でした、と彼女に200元を手渡した。

後で、念のためにカードに入っている金額を確かめてみたら、一方には30元弱、他方には40元弱しか入っていない。??? いろいろと推理した。彼女がカードに100元ずつ入れたのは本当だろう。ただし、その後すぐ何かの買い物をした折に代金をここから引き落とした。つまり、本来は僕のカネである200元から130元以上を奪ってしまった。それしか考えられない。日本でなら、いや中国でも同じだろう、立派な詐欺であり、泥棒である。

だけど、彼女にはいっさい文句を言っていない。彼女は市政府(市役所)の建設関係の役人で、夫は警察官、かなり上のポストにいるそうだ。この地の「常識」からすると、こういう連中が一番、タチが悪い。文句を言ったら、逆に恫喝をかけてくるかも知れない。「残金」を確かめずにカネを払ってしまったのは、当方の落ち度でもある。いずれはキッチリと仕返しをして差し上げるとしても、いまは黙っているほうが賢明だ。相手はかえって不気味に思っているかも知れない。

当地のケチは「ケチだねえ」と笑って済ませられるような、生易しいものではない。丁々発止、もっともっと程度が高い。それがまた楽しい、と思っていないと、この地では生きていけない。