健全な軍国主義?



中国の大学は9月が新学期。そのキャンパスには迷彩服に身を包んだ新入生たちの掛け声と足音が響く。

「イー アール イー、 イー アール イー、イー アール サン スー・・・」

いち にー いち、いち にー いち、いち にー さん しー・・・。手を振り、足を高く上げ、隊列を組んで行進していく。新入生たちの軍事訓練である。人民解放軍、つまり軍隊からやってきた教官が指導している。新学期の「風物詩」のひとつでもあるようだ。桂林の地元紙の第1面にも「新入生の軍事訓練始まる」という見出しとともに大きな写真が載っていた。

この軍事訓練――中国の大学では新入生たちに義務づけられている。大学によって内容や期間はいろいろなようだが、整列、行進、軍歌斉唱を1日に8時間かそこら、これを2週間程度、といったところが標準的なようだ。射撃訓練も少しだけだがあるみたい。国防意識を高めることが第一の目的だそうで、女の子も男の子と同じ訓練を受ける。写真①②は桂林理工大学で、③は僕が日本語科で1年だけ教えたことのある広西師範大学で撮ったものだ。ちなみに、草色の迷彩服は陸軍、空色の奴は海軍のものらしい。学生がそう言っていた。

中国に来て初めてこの軍事訓練を目の当たりにした時は嫌な感じがした。中国って、やっぱり軍国主義国家だね、大学生にまず教えることがこれなんだから。日本じゃ、まず考えられない。聞けば、中学校や高校でも軍事訓練の真似ごとをやっているそうじゃないか。やだねぇ・・・。そう悪口を言っていた。


だが、ちょくちょく軍事訓練を眺めているうちに、その嫌な感じが少し変わってきた。まず、なんとなくオカシイ、カワイイ。一見、堂々たる行進も、写真④で分かるように、よくよく見ると手の動きがばらばらである。左手と右手に違った動きをさせるのが大変らしい。写真⑤は「ヤッホー」と言っているのではない、「敬礼」の訓練である。

まあ、それはうわべのことだけど、軍事訓練をどう思っているのか、経験者たちに聞いてみると、「つらかったけれど、楽しかった、よかった」と言う声が十人中十人といった感じで返ってくる。訓練はクラスや学院(学部)を単位に行われている。そのせいか、具体的には「友だちができた」「みんな仲良くなれた」「誰がクラスのリーダーになれる人物かが分かった」などなどだ。言ってみれば、同じ釜の飯を食った、という仲間意識を軍事訓練は生んでいるみたい。これから4年間をともに過ごすクラスメートである、それは結構なことである。さんざん悪口を叩いたくせに「健全な軍国主義かな?」なんて気持ちにもなってくる。

ただひとつ、むかし経済記者の端くれをやったことがあるせいか、いつも気になって仕方がないのは「迷彩服商売」である。だって、中国では今年、600万人以上が大学生になった。桂林理工大学で軍事訓練中の学生に聞いたら、迷彩服は帽子に長袖と半袖のシャツ、ズボン2枚、布製のような靴のセットで98元(1元≒13円)である。地域や大学によって、値段などは違うだろうが、毎年秋にはこれだけの大学生に迷彩服を売りつけられる。いや、これらいわゆる「本科」「専科」の大学生以外に、この国には「成人教育」と称する部門の大学生もいっぱいいる。成人教育とは、簡単に言えば無試験で入れる部門で、こういう人たちも軍事訓練をやっている。当然、迷彩服を買わなければならない。

迷彩服は2週間かそこら使ったら、もう用がなくなる。わが塾に来ている広西師範大学の4年生の女の子ふたりに聞いたら、「軍事訓練が終わってすぐ、ゴミ箱に捨てました。質もよくないし・・・」とのこと。先輩の「お下がり」を着るなんてことはなさそうだ。毎年、新規需要がある。なんともありがたい迷彩服商売ではないか。人民解放軍が直接に作っているのか、外の業者にやらせているのかは知らないが、言ってみれば一種の「産軍複合体」である。


最後の写真⑥は私である。軍事訓練を終えた学生から迷彩服を借りて写した。