日本人は「日本語」がお嫌い?

数年前、ハルビンにいたころに日本語を教えた女性。大学での専攻が日本語ではなかったせいもあり、日本語のレベルはそう高くはない。日本語能力試験の2級に通った程度だ。でも、たとえ給料が安くても、日本語の使えるところに就職したかった。

念願がかなって、大連の日系企業に就職した。仕事は工場の最終ラインでの製品検査。日本向けの商品なので、日本語に関係のないこともないが、日本語が特に必要というわけではない。まわりも日本語には関心のなさそうな中国人ばかりだ。日本語を話す機会は全くない。

ただ、幸なことに社長以下日本人の幹部が時々、工場を見回りにくる。思い切って日本語で話しかけてみることにした。

「おはようございます」「お元気ですか」

日本人の社長たちから特に反応はない。下っ端の従業員から日本語で話しかけられて、当惑しているようにも見える。社長はどうして「日本語が話せるんですか。いつか、また、ゆっくり」程度の返事をしてくれないのか。おまけに、中国人の上司から「あんた、社長にゴマをすってるの?」と揶揄される。さびしい。結局、1年ほどで会社を辞めた。

やはり、ハルビン時代に日本語を教えた男性。彼も大学での専攻は日本語ではなかったが、がんばり屋で、日本語能力試験の1級に合格。さらに、1000点満点のJテストで780点を取った。このJテストというのは、外国人には苦手なヒアリングの比重が高く、高得点を取るのはなかなかに難しい。主宰者の説明だと、800点取ると「日本で長期間仕事ができる」レベルだという。

彼は蘇州の日系企業に就職した。さっきの女性と同様、職場で日本語を活かせる機会はほとんどなかったが、就職してからも日本語の勉強に励んだ。もう一度受けたJテストでは830点を取った。あと少しで「基礎的な日本語の通訳ができる」という高いレベルだ。うれしくて、日本人の社長に報告した。社長の反応は「ああ、最近はそういう試験を受ける人が多いようだね」だけだった。せめて「よくやったね」というぐらいの反応を期待していたのに・・・。自分の部屋に戻ってからひとりで泣いた。彼も結局、この会社を辞めた。

桂林に来てから大学の日本語科で教えた女性。上海の日系企業に就職して1年になる。日本商品の市場を開拓する仕事で、日本語の資料を読んだりはするが、話すことはなくなった。社長以下、日本人幹部との接触も全くない。大学時代は僕ともよく話していたし、けっこう流暢だったのに、今は口から日本語が出てこなくなった。

彼女の場合、日本語の力を維持・向上させる本人の努力に欠けるところもある。でも、中国で日本語を教えている僕から見ると、日系企業の日本人社長はじめ駐在員たちは一般に「日本語」に対して冷たいような気がする。せめて月に1回か2回、日本語を勉強中の中国人社員を集めて「食事会」でも開いてくれたらどうなのか。日本語びいき、日本びいきが増えるに違いない。日本に比べればまだまだ食い物の値段の安い中国である。大したカネはかからない。日系企業なのだから「日本語」に対してこの程度のえこひいきをしても、バチは当たらないだろう。

桂林にある日系企業が受付の女性を募集した。わが東方語言塾で日本語を勉強中の女性も応募した。日本語はまだたどたどしいが、なかなかの美女である。普段の心掛けもいい。筆記試験なぞはなく、中国人の人事部長の面接のあとは、いきなり日本人の社長の面接になった。社長面接には3人が残ったが、少しでも日本語を話せるのは彼女だけで、必死に社長と日本語でやり取りした。自分ではなんとか無難にこなせたと思った。

結果は日本語の全く話せない女性が採用された。彼女は落ちた。合格した女性のほうが、彼女より何かと優れていたのかも知れない。でも、日系企業なのにどうして「日本語」を評価してくれなかったのかと思うと、僕は落ちた彼女以上に悔しかった。

中国は「孔子学院」とかいったものを世界中につくり、中国語の普及に努めている。わが日本にはそんな戦略があるようには見えない。それはそれでもいい。その代わり日系企業が日本語を学ぶ若者をもっと大切に扱ってほしい。それが日本のためにもなる。「愛国心」という言葉を聞いただけでジンマシンが出るほどの僕だったけど、日本語を教えるという仕事か遊びに精を出していると、だんだん愛国的になってくるみたい。さっきのような話を聞くたびに、机をたたいて「日本人としての誇りはどこにあるんだ!」と、悲憤慷慨したりしている。