「爆買い」の「向こう側」で

中国人旅行客の「爆買い」が話題になっている。紙おむつが中国人に買い占められたなんて話もあった。おかげで中国人と言えば、すなわち金持ちというのが定説になってきているみたいだ。でも、わが塾の元生徒を始め20歳代から30歳過ぎの若者たちの話を聞いてみると、かなり様子が違う。みんな「公務員」とか「共産党員」とかいった、かの国の特権階級とは縁のない連中である。

日本語を生かして日系のメーカーに就職して数年の女性が言う。「いま、中国の企業は不景気なところが多いようです。私の会社もそうみたいで、課長級以上の中国人の幹部たちはどうも腰が落ち着きません。まだ景気のよさそうな別の会社を探したり、あるいは自分で創業して活路を見出そうとしたりしています。私にはまだそんな力がないので、話を聞くだけでとても不安になります」。中国経済の減速がこんなところにも表れているのだろうか。

おかげで給料はなかなか上がらなくても、物価はお構いなしに上がっていく。南方の町で人々がよく食べるビーフンは1杯(100グラム)がいま6元(1元≒20円)ほど。日本のうどんと似た感じで米粉から作るビーフンは、ごく庶民的な食べ物だ。桂林がその本場とかで、僕もよく食べていた。10年程前には1杯が確か1元か1.5元だったが、毎年のように値上がりしてきた。

「ちょっと極端な話ですけど、外食ではビーフンが一番安くつくので、朝昼晩の食事をこれで済ませるとしたら、1日18元、30日で540元です。私の町の平均月収は政府の発表だと1400元ですから、給料の40パーセント近くが吹っ飛んでしまう計算です。ビーフンもそう自由には食べられません。私自身も就職した頃は蓄えが少しはできましたけど、最近は全然残らなくて・・・」。そう彼女は嘆いている。

塾の生徒ではなかったけど、中国中央部の大都会に住む30歳過ぎの独身男性。外資系の会社に勤めていたが、体を壊して退職し、今は得意のパソコンを生かして何とか食いつないでいる。その彼が「この町の平均月収は政府発表で2800元ほど。全国の平均よりは高いですけど、その代わり街中の薄汚い食堂で食べるこんな定食が32元もするんですよ」と、写真を送ってくれた。

豚肉を醤油か何かで味付けしたものと、タマゴとタマネギを炒めたものに米飯。中国の定食は普通、いくつかの料理の中から肉料理と野菜料理を各1品選び、それに米飯というのがセットになっている。で、僕は自信を持って言うけど、写真の料理は決しておいしくはない。米飯も日本で食べるものに比べれば、月とすっぽんのはず。でも、値段から言えば、彼にとっては「高級料理」である。いつも食べられるわけではない。

若者にとって「住」も厳しい。上海で什器関連の日系会社に勤めている女性。広くもないアパートを6部屋に区切ったひとつに住む。うち2部屋は窓があるが、他は窓なしで真っ暗。6部屋はすべて埋まっていて、住人は女4人と男2人。トイレはひとつだけ。彼女の住む10平方メートルの部屋は窓のほかに狭いけどベランダがあり、水道もついていて、家賃は月に800元。窓も水道もない部屋は700元。でも、いろいろと聞いてみると、上海でのこの家賃は例外的に安い方だそうだ。

また、彼女のアパートにはもともと台所があったようだが、部屋にするために潰してしまっている。自炊もできない。ただ、彼女にとって幸いなことには、上海からそうは遠くない町に叔母一家が住んでいる。時にはここに出掛けて、餃子を大量に作ってくる。冷蔵庫で冷凍しておき、ベランダを台所代わりに調理している。最近、彼女は上海よりは小さい別の都市に転勤したとのこと。その分、住環境は少しはよくなっただろうか。

「爆買い」と並んで中国人の金持ちぶりを表すものとしてよく話題になるのは、大きなおなかを抱えてわざわざ米国まで出掛け、出産する女性のことである。米国で生まれれば米国籍が取れ、これがわが子への「最高の贈り物」になるというわけだ。中国本土から香港へ行って出産する女性も少なくない。香港籍が取れるし、病院の質も本土より高い。

で、さっきの「定食」の青年によると、以前は中国本土でも田舎から都会に出てきての出産が多かった。都会の病院のほうが安心できるからだ。ところが、最近は都会から逆に田舎に行っての出産が増えてきた。彼は独身だが、友人、知人には出産適齢期の連中が多いから、自然にそんな話が耳に入ってくる。

理由は出産費用の安さである。一概には言えないが、大都会の病院に比べると、県(中国の行政単位では、市より下位)の病院では半分程度で済むとのこと。親の財力によって、生まれる場所にも極端な差がついてくる。わざわざ田舎で生まれる赤ちゃんには、せめて日本製の紙おむつでも贈ってあげたくなってくる。