日中「乞食」事情

大阪で働いている中国人女性から聞いた話だけど、彼女は最近、心斎橋筋の橋の上で男性の乞食を見掛けた。その60歳がらみの乞食は目をつぶり、うつむきかげんにじっと座っている。彼女は日本に来てもう数年になり、ホームレスの人たちは数多く見てきた。だけど、乞食を見たのは初めてだ。へぇ、日本にも乞食がいるのね。その場を立ち去り難くなった。

乞食は首に大きなダンボールの板紙を下げている。それには「今日の晩ごはんと明日の朝ごはんが食べられません」と、大きな字で書いてある。英語もあって「GIVE ME MONEY」。彼女はそこに30分も立っていただろうか。その間に10人ぐらいの20〜30歳代の男女が、乞食の前に置かれた帽子に100円玉を1個、2個と放り込んでいった。乞食はときどき目を開き、それらの100円玉をポケットに収めている。

やや意外なことに気づいた。帽子に100円玉を入れた人たちの中には、彼女の見るところ日本人はいない。中国本土からかどうかは分からないが、みんな中国系の人たちである。慣れた手つきでおカネを投げている。「有意思」(面白いね)といった中国語も聞こえてくる。乞食は靴を脱いで傍らにきちんと置いている。その行儀のよさが目を引くのだろうか。中国の乞食はこんなことはしない。靴を履いたままである。

そんな話を聞いて、僕の方は中国の乞食のことを懐かしく思い出した。中国の乞食事情については以前、このコラムでも取り上げたことがある。2012年3月15日付の「乞食業界の多様なる商法」で、ここでは傍らに病身?の家族を寝かせ、自分はコメツキバッタよろしくお辞儀を繰り返す乞食のことを中心に書いた。彼ら、彼女らはいわば「定着型」の商法だが、バス停、公園からさらにはレストラン、地下鉄車内を徘徊する「移動型」の乞食も多い。

この1月、四川省省都成都で200人やそこらは入れそうな広いレストランで食事した時も、硬貨の入った缶を振ってガチャガチャと鳴らしながら客席を回る男性の乞食に出くわした。僕はなんとなく不愉快だったし、さすがに苦情を言っている客もいたが、従業員はむしろ乞食の味方みたいで、真面目には取り合っていないようだった。

では、最近の「移動型」の乞食の事情はどうなのだろうか。教え子たちにそう問い合わせてみると、「面白いブログが見つかりました」と、ネットに載った上海の地下鉄の話を送ってくれた。「魅力上海文編部」なるところが書いている。僕も何年か前に上海の地下鉄で見掛けたのだが、車内での禁止事項を描いた掲示に、腰をかがめた人の絵が描いてあった。腰の曲がった老人は乗車禁止なのかと思ってよく見ると、「物乞い禁止」の表示だった。そう、物乞いの折には腰を少しかがめるものである。そんなふうに、上海の地下鉄には乞食が少なくない。

で、このブログによると、地下鉄のひとつの路線の始発駅から終着駅まで乗って乞食をやると、おおむね30人が1〜2元(1元≒16円)を入れてくれる。合わせて30〜60元になる。これを1日に10回やると300〜600元。日本円だと、1日に5千円から1万円になる。仮に1日の収入が500元だとすると、週休2日制で月収は1万元を軽く超える。日本円で16万〜17万円だ。1日も休まないで真面目?にやれば、月に24万円から25万円になる。

おかげで、乞食たちは若者たちが憧れる「1999元のNIKEの靴」を履き、やはり若者たちの憧れのスマホiPhone 6s Plus」を懐に忍ばせているとか。ちなみに、上海の若い大卒サラリーマンの月給は多くて7千元から8千元、普通は5千元から6千元とのことで、乞食たちにははるかに及ばない。「一生懸命に勉強して大学に入り、さらに真面目に学んで、いま汗を流して働いているのに・・・」と、若者たちから怨嗟(えんさ)の声も上がっているそうだ。

さらに、このブログは「最近は新しいタイプの泥棒型の乞食が現れた」と書いている。上海でも最近は食品や切符などの自動販売機が増えてきた。で、この新型の乞食は自動販売機の近くをうろうろしている。人が買い物に来たら近づき、販売機から出るお釣りをさっと奪って逃げていく。こうした乞食たちの収入は1時間200元、1日2千元、1カ月5万元から6万元になるとか。日本円だと、無税で月収80万円から100万円といったところだ。上海はマンションなど不動産が高いことでつとに有名だが、乞食をしていれば簡単に買えてしまう。ブログの筆者はそう結んでいる。

ところで、日本人に比べ中国人は一般にどうして乞食に「優しい」のだろうか。「中国の学校や家庭では、困っている人を助けるのが美徳だと昔から教えてきたからでしょう」という中国人もいたが、よくは分からない。ただ、日本の乞食が最近、中国人の爆買いのおすそ分けに預かっていることは間違いないようである。