台湾・高雄にて謹賀新年

この年末年始はまず日本から中国に行って半月ほど過ごした後、台湾に渡り、また半月ほど過ごして日本に戻ってこようと思っていた。ところが、中国人の教え子にこの計画を伝えたら、真っ向から反対された。

「先生の場合は、外国発、外国着の旅行は危ないです。日本発、外国着あるいは外国発、日本着というふうに、どちらかに『日本』が必要です。3年前のこともありますから、そのほうが安心できるでしょう」

随分と馬鹿にされたものだが、確かに3年前には「外国発、外国着」で散々な目に遭った。当時のこのコラムにも書いたのだけど、日本から台湾に行くのに、中国で乗り継いだほうが安いというので、上海経由で行くことにした。ところが、上海行きの便が大幅に遅れた。このため、僕の対応のまずさも大いに手伝って、上海から台湾、つまり外国発、外国着の便に乗り遅れてしまった。

もっとも、本来なら、乗り遅れても後続の便に乗れば済むことである。上海から乗る予定だった飛行機には僕のスーツケースがすでに積み込まれているが、持ち主がやってこなければ、飛行機から降ろされる。そして、上海の空港のどこかに置かれているはずである。

つまり、乗り遅れ自体はたいしたことではないのだけど、派生して次々に問題が起きた。まず、海外旅行中の僕にとっては「命の綱」とでもいうべきパソコンが、上海の空港で行方不明になってしまった。青くなって探し回った結果、安全検査の場所に置き忘れていた。なんとか事なきを得たのだが、次は空港内にあるはずの僕のスーツケースの行方が分からなくなった。

空港の中国人たちは「よくあることさ」といった感じで、あまり親切ではなかった。確かに、荷物の行方不明はよくある話だけど、僕にとっては大問題である。結局、「見つかったら、あとの便で台湾に送る」ということで、僕はパソコンひとつを抱えて台北行きの便に乗った。台北の空港では「私のスーツケースが上海から届いたら、宿泊先のホテルに送ってほしい」と、しどろもどろの中国語で手続きを済ませた。

最終的には、これも何とかなったのだが、言葉もよくは分からない土地で冷や汗のかきどおしだった。教え子から、外国発、外国着はやめなさいと言われても、仕方のないところである。

そこで、今回は中国行きをあきらめて、台湾だけに行くことにし、迷いもなく、日本から台湾への直行便を選んだ。そして、まずは南方の台湾第2の都市「高雄」に行ってみることにした。ここへも日本からの直行便が頻繁に飛んでいる。初めて乗った台湾の「エバー航空」の便は順調に「高雄国際空港」に到着した。

空港ではまず「台湾銀行」の支店で日本円を台湾元に換えた。これぐらいのことは僕でも簡単にできる。ちなみに、ここでの交換レートでは、1台湾元はおよそ3.8円だった。買い物をするときには、台湾元の価格を4倍すれば、おおよその日本円の価格に換算できる。

次いで、台湾で使う、スマホSIMカードを買うため、やはり空港内にある「中華電信」の店頭に並んだ。こちらは初めての経験なので、少しどきどきである。案の定、「ここでSIMカードを買っても、日本のスマホには使えないことが多いです。たとえ使えなくても、いったん買った以上、代金は返しません」との日本語の表示があった。スマホのこと自体がまだろくに分かっていない僕には、とても対処できない。でも、幸いにも僕の隣に「日本に住んでいる」という台湾人の若い女性客がいて、親切に手助けしてくれた。

さあ、いつかとは違って、今回はすべて順調である。勇躍、宿に行く地下鉄の高雄空港駅に向かった。ちなみに、台湾では「地下鉄」ではなくて普通「捷運(速い鉄道の意)」あるいは「MRT(Mass Rapid Transit)」と呼んでいる。地下だけではなく、地上を走ったりすることも多いからだろう。その改札口で大枚1000元(約3800円)を払ってカードを買った。日本の「スイカ」のようなものだが、形がしゃれている。米国アニメのキャラクター「ミニオンズ」がカードになっていて、10センチ四方の紙のケースに入っている。

高雄空港駅から7駅目、宿に近い美麗島駅で降りて、ふと気になった。さっき買ったばかりのカードはどこへ入れたかな? 上着やシャツのポケットからリュックサックの中まで探ったが、あの結構大きなケースがどこにもない。高雄空港駅で電車に乗る前、しばらく駅の椅子に腰かけていた。きっと椅子の上に置き忘れたのだろう。やはり今回もチョンボをしてしまった。

さて、どうするか? まずは駅の外に出るために、改札口の駅員のおじさんに「かくかくしかじか」と、片言の中国語で訴えた。おじさんはしばらく、どこかに連絡していたが、カードは出てこない。僕にそのまま外に出るように促した。高雄空港駅から美麗島駅までの運賃は請求しなかった。

日本でならこんな場合、必ず運賃を取るはずである。客はまるで容疑者扱いで、運賃を二重払いさせられる。ところが、台湾ではそうではなかった。気持ちが和らいだが、買ったばかりのカードを落とすなんて、なんとも悔しい。そうだ、明日、高雄空港駅に行って尋ねてみよう。

その際、片言の中国語では大変だから、中国人の教え子のひとりにメールを送り、ちゃんとした中国語の文を作ってもらった。「私は昨日、ここでMRTのカードを1000元で買いましたが、この駅のホームの椅子の上に置き忘れてしまったようです。誰かがそれを拾って、あなた方のところに届けてくれなかったでしょうか」。そんな内容である。

高雄空港駅の改札口には、幸運を予感させるかのように、昨日と同じおじさんがいた。おじさんは僕の話を聞いた後、「カードのデザインは?」と尋ね、デザインの一覧表を見せた。で、「ミニオンズ」を指さすと、おじさんはにっこりとしながら、僕が置き忘れたカードを持ってきた。そして、昨日は払っていなかった高雄空港駅から美麗島駅までの運賃を差し引きし、満額に近いカードが戻ってきた。下の写真は、ケースから取り出した「キャラクターカード」の前と後ろである。身長は5センチほどだ。
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ところで、どんな人が届けてくれたのだろうか。いくばくかのお礼をしたい。ここからは片言になるのだが、おじさんに尋ねてみた。すると、自分が持ってきたのだというようなことを話す。どうやら、ホームの乗客から連絡があり、おじさんが取りに行ってくれた感じであった。

そうこうしているうちに、おじさんのところに40歳ぐらいの男女が来て、深刻な顔で何やら訴えている。たぶん、僕みたいに、落し物のことだなと思って眺めていると、おじさんが奥から小さなバッグのようなものを抱えてきた。ふたりは飛び上がって喜んでいる。

もちろん、100パーセントがそうではないだろうけど、台湾はまだまだ落し物が戻ってくる社会のようである。戻ってきた落し物を受け取るときも、自分の名前を書くだけでいい。住所や電話番号などは不要である。こちらを信用してくれているのだろうか。もし、MRTのカードが出てこなかったら、台湾の悪口でも書いてやろうかな。本人の失敗を棚に上げて、そう身構えていた自分が、いささか恥ずかしくなってきた。