台湾の「民主主義」

台北の「中華民国総統府」(写真下)の参観に行ってみた。総統府はいわば台湾の「大統領官邸」だ。今は蔡英文総統が執務しているが、建物そのものは日本統治時代の1919年(大正8年)にできた旧「台湾総督府」である。

参観は平日の月曜日から金曜日、午前9時から11時半までに総統府の裏門に行けば、誰でもOKとのこと。団体客以外は予約不要で、外国人はパスポートさえ見せればいい。月に1回、普段は見せない場所も公開する特別参観日があるが、これは日程が合わなかったので、僕は普段の日に行った。10時前に現地に着くと、30人ほどが並んでいた。欧米人も何人かいる。すでに総統府の中に入っている人も結構いる。入り口には銃を構えた憲兵がいて、一見物々しいが、パスポートを見せると、すぐに受付に通された。台湾人は身分証明書を見せている。

受付の年配の女性は、僕のパスポートを見るなり、日本語で「あ、岩城さんですね。よくいらっしゃいました」と、笑顔で迎えてくれた。空港並みの荷物検査が済み、他の参観客に混じって歩き出すと、年配の男性が寄ってきた。日本語で「日本の方はおひとりですか」と尋ねる。聞くと、日本語での案内役とのこと。いつの間にか、僕のことが伝わっていた。少し遅れて、中年の日本人の男女3人も加わった。

案内されたのは、1階にあるいくつかの部屋で、かつて李登輝総統らが使っていた古い机が展示してあったり、総統、副総統の在庁を知らせるランプとか、中華民国国璽とかの模型があったりした。中庭もぶらぶら歩いてみた。まあ特に驚くほどのものはなかったけど、驚くと言えば、外国人でも予約なしで参観自由という気軽さであろうか。案内役に総統や副総統はこの建物のどこにいるのかを聞いてみると、「それは秘密なんですが、総統は3階、副総統は4階です。万一に備えて、階を別々にしています」と、これも気軽だった。

日本でも「総理大臣官邸及び公邸の特別見学」と称するものがある。ただ、内閣のホームページによると、対象は小学校5年生から中学校3年生までの児童・生徒だけで、引率者の資格はこうこう、申込はこのように・・・などと、手続が結構うるさい。「開かれた行政」がうたい文句だが、平日に毎日やっているわけではないし、外国人なぞはお呼びではない。

で、また、台湾の話。総統府の参観を終えて裏口から出ると、これも日本統治時代に建てられ、今は「国史館」と称している4階建ての頑丈そうな建物があった。入り口には「総統副総統文物展」とある。入場料は要らないし、誰でも入れる。2階に上ると「私たちの総統」と称した部屋があり、7人のパネル写真が並んでいた(写真上)。台湾のこれまでの7人の総統である。向かって右端が蒋介石、真ん中が李登輝、左端の唯一の女性が蔡英文。みんな実物大のようである。

文物展の部屋はいくつかあり、各総統の業績のほか、総統に立候補するための手続き、選挙中に使ったのぼり、投票する際の机、それも車いす用と健常者用、そして当選あるいは落選したときの候補者の様子などが写真や実物で展示されている。学校の「社会科」の授業といった感じである。

台北から高速鉄道で南に1時間半ほど、首都・台北に次ぐ大都会である高雄に行った。街並みは台北に劣らない。ただ、ちょっと違うのは、ビルの壁面の上から下までを覆うような馬鹿でかい広告(写真上)とよく遭遇することである。子供を背にした写真の男性は市議会議員の候補者で、「高雄のことは私に任せてくれれば安心です」とある。

女性と男性が仲よさそうに並んだ広告もあった(写真上)。女性は市長候補、男性は市議会議員候補である。ちなみに、広告の上部にある「電話民調」とは、電話で候補者の支持状況を調べる世論調査のこと。このような広告はビルの壁面だけではなく、バスの車体などにもある。日本でも街中で政治家のポスターはよく見かけるが、こちらは何しろ規模が違う。

台北に戻り、民泊先の奥さんに聞くと、今年の11月に台北や高雄などで4年ぶりに統一地方選がある。広告はそのためのものだが、「高雄の人たちは派手なんです。台北は違います」と言う。その後、台北の街中を歩くときに注意して見ていると、確かに似た広告はあるが、高尾のものより小振りだし、数も少なかった。しかし、まあ大同小異である。

台湾で、民衆を押さえつけ、多くの犠牲者を出した「戒厳令」が解除されてから、30年ちょっとしかたっていない。つまり、民主主義の歴史はまだまだ浅いし、それがどの程度定着しているのか、台湾に疎い僕にはなんとも言えない。

だけど、ここまでに書いたようなことを経験して僕は、台湾では「政治」と「民衆」との間の「距離」が随分と近いんだなあ、そんな感じを強く受けたのである。