日本と台湾の「情報格差」

台湾各地に展開している「誠品書店」は、店内の照明といい、本棚などの配列といい、それに書籍以外に扱っている商品といい、なかなかにおしゃれな店である(写真下)。創業して30年ほどと、まだ新しい。ネットで見ると、東京・代官山や銀座にある、やはりおしゃれな「蔦屋書店」のモデルだという。

それはそれとして某日、台北にある誠品書店のひとつで「翻訳文学」のベストセラーを紹介する棚を見てみると、東野圭吾『ナミヤ雑貨店の奇蹟』が第1位だった。僕も最近、読んでいる。

10日ほどして同じ棚を見ると、『ナミヤ・・・』は第3位に回り、代わって第1位は村上春樹騎士団長殺し』だった。僕はまだ読んでいないけど、台湾でもベストセラーになるようでは、僕も読まなきゃ、という気持ちにさせられる。さらに、眺めていくと、翻訳文学ベストテンのうち7冊までが、著者は日本人の名前である。住野夜(日本では、住野よる)は2冊もベストテンに入り、川口俊和、石黒一雄、村田沙耶香が続く。

「石黒一雄」とは昨年、ノーベル文学賞を受けた日系の英国人作家「カズオ・イシグロ」である。恥ずかしながら、住野よる以下、僕はどれもこれも読んだことがない。初めて聞く名前さえある。でも、ここ誠品書店ではカズオ・イシグロも含めて、翻訳文学と言えば、日本文学といった感じである。

とにかくこの店では日本文学を探すのに苦労はしない。古典では『源氏物語』『平家物語』から近代、現代に至っては夏目漱石芥川龍之介三島由紀夫、あるいは先ほども書いた村上春樹東野圭吾から吉本ばなな池井戸潤・・・日本語の「新潮文庫」「文春文庫」もセロファン紙に包まれてずらりと並んでいる。各国ごとの文学作品を並べた棚の数を見ても、日本文学はアメリカ、イギリス、フランスの文学に肩を並べている。

鉄道の台北駅の近くを歩いていると、「三民書局」という4階建ての古びた書店を見かけ、中に入ってみた。ここにも日本文学の棚がいくつかあったが、日本文学とは別に日本の「推理小説」だけを集めた棚までがふたつ設けてあった。江戸川乱歩横溝正史松本清張・・・そして東野圭吾。この人の本が一番多くて、その人気は村上春樹と並んで、ここ台湾でも抜群のようである。

文学、推理小説に限らず「旅行案内」でも、当地では日本に関するものが実に多い(写真下)。それも単に「日本」という題名ではなく「東京」「京阪神」「大阪」「京都」「奈良」「北海道」「沖縄」などと地域ごとの案内がある。さらには「金沢・能登」「飛騨高山」「中山道」「東京の地下鉄で遊ぶ」「東京散歩」などと細分化していく。誠品書店で、国や地域別の旅行案内の棚の数を見ると、ヨーロッパ2段、アメリカ1段、アジア3段に対して、日本は日本だけで2段を占め、他を圧倒している。

日本語そのものに対する関心も非常に高い。外国語の教材が並んだ棚を数えると、もちろん英語が一番多いが、それに続く日本語も健闘している。大陸の中国で日本語を教えていたときも、書店での教材の数は英語が1番で日本語は2番だったが、両者には圧倒的な差があった。仮に英語を「大学生」とすると、日本語は「小学生」ぐらい。棚の数を見比べて情けなかったが、ここ台湾では日本語も「高校生」くらいの感じで頑張ってくれている。

台湾の人たちの日本への関心は、書籍を通じてだけではない。民泊先の居間のテレビからはよく日本語が聞こえてきた。ケーブルテレビの普及率が高い台湾では、NHKの国際放送を除いて日本専門チャンネルが3つもあり、日本のドラマやバラエティー、料理番組などを放送している。日本専門チャンネルでなくても、日本のアニメはしょっちゅう流れている。

民泊先では奥さんが日本語に達者で、83歳になる夫の母親も小学校で習った日本語をまだ忘れていない。居間からの日本語はそのせいだろうが、近くの足裏マッサージ店でも僕の顔を見るとすぐ、テレビを日本専門チャンネルに切り替えてくれる。日本専門チャンネルはごく普通の存在であるようだ。

台湾の人たちが日本について持っている知識に比べ、普通の日本人が台湾について持っている知識は、あまりにも乏しいだろう。僕自身がそうで、たとえば、「台湾の有名な作家の名前をひとり挙げなさい」と言われても、答えがまったく浮かばない。台湾人が日本の有名作家を聞かれたなら、「村上春樹東野圭吾・・・」などと、たちどころに何人もの名前を挙げるだろう。

これを日本と台湾の「情報格差」とでも言ったら、いいのだろうか。その大きさに対しては「申し訳ないなあ」という気持ちがしてならないのである。