鉄道よもやま話

昨年11月から年明けまで中国にいた間、これまでになく高速鉄道によく乗り、都市と都市の間を4回往復した。おかげで、ひと口に「高速鉄道」と言っても「高鉄(ガオティエ)」と「動車(ドンチォ)」の二つがあることも分かった。

高鉄も動車も車両の外見は似たようなもので、同じ線路を走っているが、前者は最高時速300キロ近くで走り、後者は最高時速200キロ前後。所要時間は当然違うし、運賃も違う。どうしてこんな分け方をしているのかは取材し損ねたが、直轄市重慶四川省省都成都を往復した際には、行きは動車の2等車で2時間、96.5元(1元≒17円)、帰りは高鉄の2等車で1時間半、154元だった。どちらも日本の新幹線よりもかなり安い。

ところで、質問です。下の写真は動車がある駅に着いた際の光景です。客がみんな立ち上がっていますが、何をしているのでしょうか。答えは、この駅で動車の進行方向が変わるので、みんなでいっせいに座席を方向転換させているのです。写真の右下を見てください。それがちらりと写っています。

ここは広西チワン族自治区の区都南寧の駅で、僕の住んでいた梧州とベトナムに近い防城港とを往復した際に出会った光景だ。南寧はほぼその中間にある。中国の高速鉄道の客席は日本の新幹線にそっくりで、2等車は二人掛けと三人掛けが並んでいる。これをぐるりと方向転換させると、窓側の座席は通路側に、通路側の座席は窓側に行ってしまう。じゃあ、元窓側の人は今度はどこに座るの? 元通路側の人はどこに座るの? ややこしいけど、切符に書かれている通りに、元窓側の人はやはり窓側に、元通路側の人はやはり通路側に座るようだ。

地図を見ると、梧州から南寧へは列車はほぼ西に向かって進む。そして、南寧から防城港に向かってほぼ直角に曲がって南に向かう。これも取材し損なったのだが、この程度のことで、なんで進行方向が変わるのか、よく分からない。でも、お客はみんな慣れているようで、率先して座席を方向転換させていた。

ところで、中国の高速鉄道の駅はどこもとにかく馬鹿でかい。魚眼レンズでもない限り全景を写せないくらいだ。北京だの上海だのの駅の大きさは噂に聞くばかりで、まだ見たこともないのだが、人口40万ばかり、地方都市に過ぎないわが梧州の駅でさえ、写真の大きさである。

待合室もまた広い。列車到着まで時間があったので、椅子の数を数えてみたら、なんと1092席もあった。周辺部も含め人口1200万ほどの成都の駅はもちろんもっと広い。ここでも時間があったので、待合室を端から端まで歩いてみた。長い方が5分弱、短い方でも2分弱掛かった。椅子の数なんか、多過ぎて数えられなかった。

待合室の突き当たりに喫煙室があったが、これがまたでかい。テーブルが14あり、それぞれに椅子が4つずつ付いている。立って吸える場所もある。100人やそこらは軽く収容できる。売店もあり、ビールなどの飲み物から食い物、スマホまで売っている。喫煙室のドアは開いたままだった。

僕が乗った高速鉄道の駅でもうひとつ目立ったのは、街からかなり離れた所にあるのが多かったことだ。新しく線路を敷くには仕方のないことなのだろうし、高速鉄道の駅を中心に地域を発展させようという狙いもあるだろう。でも、列車が駅に近づいたのに人家はまばら、道路も未舗装が目立つでは、他人事ながら「大丈夫なのかなあ」と心配にもなってくる。さっき、わが梧州の駅の正面をお見せしたが、ホームから見た駅の裏側が下の写真である。梧州に限らず、僕の乗った路線ではこんな駅が多かった。

広州、重慶成都では地下鉄にもよく乗ったが、成都の地下鉄では得がたい経験をした。ホテルに近い駅で電車を降り、日本のテレホンカードなどと同じ形、同じ大きさの切符を改札口の器械に戻して駅を出た。ホテルに帰り、やはりテレホンカードや地下鉄の切符と同じ形状のルームキーを部屋の入り口にかざしたが、なんの反応もない。

よく見ると、僕が手にしているのはルームキーではなくて地下鉄の切符だった。僕は地下鉄の改札口の器械に切符ではなくホテルのルームキーを差し込んで駅を出てきたのだ。そう言えば差し込む時、少し抵抗感のあるような気もしたが、ルームキーはちゃんと吸い込まれ、器械は機嫌よく開いてくれた。

一緒にいた教え子の女性に頼んで、切符を地下鉄に戻し、ルームキーを取り返してきてもらった。地下鉄の女性職員はルームキーをちゃんと保管していたことが自慢のようで、「意見簿に職員を褒める言葉を何か書いてくれ」と頼んだそうだ。ルームキーで改札口を突破したことに対するお咎めは何もなかったと言う。