活動老人の交通費貧乏

僕は埼玉県に住んでいる。東京・池袋まで私鉄の急行電車で40分足らず、近くはないけれど、それほど遠くもない。多いときは週に3〜4回は利用する。無職で、いわゆる後期高齢者なのに、我ながら割合に活動的である。日比谷公園の向かい側にある日本記者クラブの会見に出かけることも少なくない。ただ、ちょっと痛いのが「交通費」である。

満60歳で新聞社を定年退職する前、「いよいよ失脚だなあ」と、冗談半分でぼやいていた。この場合の脚=足とは、ひとつは会社負担の定期券のことであり、もうひとつはこれも会社負担で割合に自由に使えたハイヤーやタクシーのことである。埼玉県にねぐらを構え、仕事や遊びは東京都でという「埼玉都民」にとっては、これが大きな問題である。

定期券は本来は通勤に使うのだが、休日に使ってもまったくの自由である。平日、仕事の行きかえりに都内で自分の用をすますこともできる。したがって、この会社負担の定期券があるとないとでは大違いである。ハイヤーやタクシーは言うまでもない。せこい話だけど、自腹ではなかなかに使いづらい。

ただ、僕は定年後、中国で暮らすようになったので、「失脚」のつらさはあまり感じなかった。と言うのは、北方のハルビン、南方の桂林、南寧にあわせて13年ほど住んだが、旅行のときは別として、ふだん使う交通機関は市内バスばかりで、料金は一律1元、たまにある空調つきのバスで2元だった。円安の今でも1元は16〜17円、円高の頃は12円くらい。交通費なんて無視できる金額だった。

北京や上海など大都会では、バスではなく地下鉄を使うことも多いが、料金は普通3元、4元、5元といったところで、なかなか100円にはならない。

ところが、ここ数年は日本にいることが多くなり、途端に交通費が無視できなくなった。わが家の最寄り駅から池袋までは往復で940円、池袋から地下鉄やJRで銀座方面に出れば、往復でさらに400円ほど。仮に月に15回、池袋に出て、ついでに銀座その他にも足を伸ばすと、1か月あたり(940+400)×15=20,100円。中国とはまさに「桁違い」のおカネが出て行く。

中国での僕の教え子で、いま日本にいる連中に聞いてみても、「日本は交通費が高いです。JRや地下鉄の2駅や3駅なら歩いています」と言う。

僕の場合、定期券つまり「通勤定期券」を買う手もあるのだが、池袋まで1か月で1万6千円ほどもする。「通学定期券」の3倍以上である。往復20回近く乗らないと、赤字になる。そこで、得か損かははっきりとはしないが、回数券を使うことにした。それも「普通回数券」のほかに「時差回数券」「土休日回数券」というのも買い込み、これらを組み合わせて使っている。

3種類の回数券は使える時間帯や曜日に違いがある。本来の運賃より約1割引の普通回数券はいつでも使えるが、約2割引の時差回数券は平日なら午前10時から午後4時までしか使えない。ただし、午後4時までに改札口を通過すればOKである。土休日回数券は文字通り、土曜のほか日曜などの休日なら終日使えて約4割引である。

これをどう使うかと言うと、平日、東京に出る場合は、できれば約2割引の時差回数券が使える午前10時以降に自宅の最寄り駅の改札口を通過する。帰りは午後4時前に池袋駅の改札口を通過したいが、無理なことが多い。ここは仕方なく約1割引の普通回数券を利用する。まあ、いじましいことではある。

約4割引の土休日回数券は図書館通いに利用することが多い。暇老人になってから覚えたことのひとつは、図書館通いの楽しさだ。わが家の近くにもそれなりの図書館があるが、千代田区、豊島区などの都心の図書館も楽しい。いろんな催しもあって、土曜、日曜にも開いているし、埼玉県民でも自由に使える。国会議事堂に近い国立国会図書館も土曜はOKである。

ところで、東京都には70歳以上の都民に向けた「シルバーパス」というのがある。わずかな負担で、都内の民営バス、都バス、都営地下鉄、都電などの交通機関がすべてタダで利用できる制度だ。ただ、東京の地下鉄には「都営」のほかに東京地下鉄株式会社経営の「東京メトロ」というのがあり、これには使えないようだが、「高齢者の社会活動への参加を促進する」のがシルバーパスの目的だそうだ。

ならば、タダにしてくれ、せめて学生並みにしてくれ、とまでは言わないけれど、わが家から東京までの通勤定期代を老人にはもう少し安くしてもらえないだろうか。現役の人たちのように、そう毎日乗るわけではないのだから、少しくらい安くしても、電鉄会社としても十分に引き合うはずである。