「地下鉄」と「おもてなし」

前回、このブログで東京のカラスの多さは「おもてなし」の精神に反するのではと書いたが、おもてなしに関してもうひとつ思い出した。東京の地下鉄やJRなどは外国人に不親切で、使うのに疲れる――最近増えている中国人観光客、とりわけ台湾人や香港人からの苦情が目立つとか。エッ、東京の地下鉄やJR、私鉄が便利で安全なことは世界に冠たるはずだし、案内だって日本語、英語のほかに中国語、韓国語で書かれている所も少なくない。それを不親切だなんて・・・そう思いながら聞いてみると、その理由は理解できないでもなかった。

まず、地下鉄だけど、「丸ノ内線」「銀座線」「日比谷線」「有楽町線」「千代田線」といった名前が煩わしいそうだ。なんで、「1号線」「2号線」と番号にしないのか。中国人はそう言う。どこそこに行くには?と尋ねた時、「まず丸ノ内線に乗って、どこそこで銀座線に乗り換えて」と言われるよりも「まず1号線に乗って、どこそこで2号線に」の方が中国人に限らず外国人にとってはずっと分かりやすい。

確かに、日本人でも「丸ノ内線」「銀座線」「日比谷線」などは分かりにくい名前の付け方だ。だって、丸ノ内に銀座、日比谷、それに有楽町、千代田――みんな東京の都心にある地名である。どれもこれも歩いて行き来できる距離にある。大阪の地下鉄の「御堂筋線」「堺筋線」「今里筋線」なら、例えば「御堂筋」と言う道路の下を走っているんだなと想像もつくが、丸ノ内線、銀座線では「丸ノ内」「銀座」を通るんだな、くらいしか分からない。しかも、丸ノ内線にも銀座線と同じく「銀座」という駅がある。日比谷線にだって「銀座」駅がある。

じゃあ、中国はどうなの?と言うと、上海にしろ北京、天津、広州にしろ、「1号線」「2号線」である。僕がたまに乗る上海の地下鉄以外はよく知らないので、インターネットで検索した結果なのだが、北京で一部、東京と同様の名付けをしているほかは、中国の地下鉄は一様に数字を使っている。

ただし、台北と香港の地下鉄には「1号線」「2号線」はなく、東京のように名付けている。なるほど、上海など中国本土から来た客にとって、東京の地下鉄の路線名が「分かりにくい」のは認めるとしよう。だが、台湾人や香港人が自分たちの路線名を棚に上げて、文句をつけるのはいかがなものか? 一瞬、そう思ったが、少し考えてみると、無理もない。台湾人が台北で、香港人が香港で、地下鉄に乗る時は東京と同様の名前の付け方でもまず困らない。だが、、東京に来たら「丸ノ内線」「銀座線」では戸惑ってしまう。おまけに、東京圏では地下鉄、JR、私鉄、それにモノレールが入り乱れ、それぞれの路線が漢字か仮名の名前を持っている。頭が混乱してしまう。

でも、日本人としては少し言わせてほしい。地下鉄丸ノ内線は赤色の○の中にM、千代田線は緑色の○にC、あるいは浅草線はバラ色の○にAというような記号が路線名の横にくっついている。つまり路線名を読めない人にも配慮してある。不便なんて言わせない。そう中国人に言い返すと、「あんな記号は目立たないし、色もたくさんあり過ぎて紛らわしい」「観光客の中にはA、B、Cが分からない者もいるが、1、2、3なら誰でも分かる」。

ああ言えばこう言う・・・いやはや、困ってしまうが、苦情はさらに続く。東京の地下鉄には「東京メトロ」と「都営地下鉄」のふたつがあるが、利用客とりわけ外国人客にとっては、どうでもいいことだ。便利に利用できさえすればいい。それなのに、ふたつの地下鉄は客そっちのけで自分を宣伝したがっているみたい――誤解もあるようだが、同じ東京なのに地下鉄の経営母体がふたつとは、確かに外国人にとっては分かりにくい。だんだん反論しづらくもなってくる。

JRの路線名についても、「京浜東北線」「中央・総武線」って、なんのこと?と中国人から尋ねられる。京浜東北線東海道本線東北本線中央・総武線中央本線総武本線とを、それぞれ貫いて走っている電車だ。ふだん使っている者にとっては疑問を感じない名前なのだが、外国人とりわけ漢字のわかる中国人にとっては、首を傾げてしまうややこしい名前らしい。

じゃあ、ここは久し振りにオリンピックを迎える身として大英断し、外国人にも分かりやすい番号を東京圏で導入しようとすると、果たしてどうなるだろうか。ただし、これまでの名前をやめて今さら番号に統一するなんてことは不可能だ。ついては、従来の名前はそのままにしておいて、例えば「1号線・丸ノ内線」「2号線・銀座線」なぞとする手もある。東京の地下鉄は今のところ、東京メトロ都営地下鉄とをあわせて13路線である。では、JRは「20号線・山手線」「21号線・京浜東北線」「22号線・中央・総武線」だろうか。それに、私鉄も大手だけで8社、路線の数にすればもっともっと多い。僕がよく使っている電車は「100号線・何々線」となるかも知れない。

ここまで考えてきて、はたと行き詰まった。最近は3社、4社が互いに乗り入れている路線も出てきた。これにどんな番号を付ければいいのか。不可能に近い。「便利」になり過ぎて、名付けの面では「不便」になったということか。2020年には駅ごとに案内役のボランティアを大量に動員して「おもてなし」する。それしか方法はないようでもある。