悲喜こもごも、後期高齢者の運転免許証更新

僕の運転免許証はこの秋の誕生日で更新の時期になるが、前回の更新時とは手続きが変わるとのこと。そんな通知が警察から来た。僕も後期高齢者になり、まず「認知機能検査」つまり記憶力と判断力の検査を受けなければならなくなったのだ。これに合格したら「高齢者講習」というのが受けられ、免許証を更新できる。

さっそく検査と講習を受けることにしたが、最近はよく物忘れをする。もし認知症ということになったらどうしよう? 警察からの通知を見ると、この検査の点数が100点満点の49点未満だと、すぐには高齢者講習を受けられない。認知症の心配がないという医師の診断書をまず提出しなければならない。不安な気持ちで、僕の住所地埼玉県の運転免許センターに出向いた。

この日、僕と一緒のクラスにやってきた後期高齢者は女性3人、男性5人。認知機能検査が始まった。元警官といった感じの検査員がいきなり「本日は平成29年〇月〇日、〇曜日です。いま午後1時です。以上は大切なことですから、覚えておいて下さい。なお、腕時計はしまって下さい」と言う。

最初の回答用紙には質問が5つあった。「今年は何年ですか?」「今月は何月ですか?」「今日は何日ですか?」「今日は何曜日ですか?」「今は何時何分ですか?」。こういう検査を「時間の見当識」と呼んでいるらしい。

なお、「今は何時何分ですか?」に「午後1時」と答えてはいけない。さっき検査員がそう言ってから、すでに何分かが過ぎている。それを勘案して「午後1時〇分」と答えなければならない。そのことも事前に検査員から説明があった。おかげでこの問題は僕でも満点が取れたようだ。

次は「手がかり再生」という検査で、記憶力が試される。まず、たとえば「戦車」「太鼓」「目」「ステレオ」の4つが描かれた1枚目の絵(写真)が示される。2枚目、3枚目、4枚目にも4つずつの別の絵がある。絵は全部で16種類になる。これらをメモなしで覚え、順不同で回答用紙に戦車、ステレオ・・・と書いていく。これが1番目の問題で、僕が制限時間内に思い出せたのは16種類の絵のうち13だけだった。軽い認知症かな?

2番目の問題は同じ16種類の絵についてなのだが、「戦いの武器」「楽器」「体の一部」というふうにヒントが示される。それぞれ「戦車」「太鼓」「目」のことである。こちらのほうは、16種類の絵を全部思い出せて、少し自信を回復した。

意地悪なことには、16種類の絵を見てすぐに回答用紙に向かうわけではない。数字がらみのまったく別の問題をやらされる。つまり10分間ほど邪魔が入る。その間に忘れてしまう絵もある。

認知機能検査の最後は「時計描画」で、まず時計の文字盤を描き、そこに検査員が指示した〇時〇分を示す長針、短針を描くというもの。短針の位置に少し注意が必要だが、難しくはなかった。不安だった認知症の検査だが、まあ大丈夫だろう。

採点の結果、仲間に49点未満はいなかったが、同じ49点以上の合格組でも「記憶力・判断力が少し低くなっている」76点未満が4人、「記憶力・判断力に心配がない」76点以上が5人だった。

そして、76点未満の人たちの高齢者講習は、76点以上の2時間に対して3時間と長く、受講料も前者の4,650円に対して7,550円を払わされる。僕は幸い93点の2時間組、受講料も安いほうの4,650円だった。

だけど、これに続く適性検査は情けなかった。たとえば、動きながら物を見たりする動体視力は0.1しかない。ただし、僕だけが低いのではなく、講習の際に渡された資料を見ると、40歳代までは一般に0.8程度ある動体視力も、50歳代に入ると急激に悪くなり、僕の年代では平均0.1程度に落ちている。

明るいところからトンネルなどの暗いところに入った際、前方にある物がどのくらいで見えるようになるか、つまり「暗順応」の検査もした。ところが、いくら経っても僕には何も見えない。そのうちに検査が終わってしまった。

あとで聞くと、1秒で暗順応する若い人もいる。30秒以内に暗順応すると、一応はOKなのだが、僕は60秒間も暗順応しなかった。前方にある物がまったく見えなかったのだ。ただし、それは僕だけではなく、僕の両隣で検査を受けた女性と男性も「何も見えませんでした」と言っていた。

両眼で見た視野も、普通は200度くらいだそうだが、僕は160度。他の後期高齢者たちも同じようなもので、動体視力といい、暗順応といい、悔しいけれど、安全運転ができる「目」とはとても思えない。

そして、締めくくりは検査員同乗の運転指導である。ところが、僕が車を運転したのは25歳のころまでだ。新聞社の支局でもっぱらジープで走り回っていたが、その後は今日まで50年ほど車を運転したことがない。特別に深い理由はなく、なんとなくペーパードライバーを続けてきた。ならば、運転免許証を返納しても不都合はないのだけど、せっかくだから免許証は持っていたい。

そんなわけで、免許証はあっても、運転にはまったく自信がない。前回、前々回の免許証更新の際にも運転指導があったが、「見学」ということで、運転は勘弁してもらった。ところが、今回は試験場を1周するくらいはやってほしいとのこと。前回、前々回は民間の教習所で高齢者講習を受けたが、今回は県警の施設である。いい加減なことでは困るのだろう。

仕方なく生まれて初めてオートマティックの車を運転することになった。「アクセルはこれでしたっけ?」なぞと尋ねながら走りだしたのだが、検査員からは「案外、できるじゃないですか」とお褒めの言葉が飛んできた。そして、1周の約束が2周、3周となり、狭くて曲がった道も走らされると、さすがに化けの皮がはがれてきた。「こんなところで3回も脱輪する人なんて、あなたが初めてです」。

かくして悲喜こもごもの一日が終わり、検査員からは「高齢者講習終了証明書」とともに、「道路では絶対に運転しないで下さい」との講評を頂戴した。