「年寄りで酒飲み」の不覚三題話

年甲斐もなく恥ずかしい話なので、詳細は省くけれど、1か月半ほど前、知人たちと居酒屋で飲んだ折に、思いもかけず、しくじってしまった。

そのとき僕は生ビールを大ジョッキで1杯空けたあとは、もっぱら日本酒を冷やであおっていた。なんでそんなに飲んだのか、よくは分からないのだが、とにかくかなり酔い、途中からのことはほとんど覚えていない。

気がついたら、どこかのコンクリートの床の上に仰向けに大の字で倒れていた。後頭部が痛い。少しずきずきする。お尻も痛い。どうやら泥酔した揚げ句に足を取られて転倒し、頭と尻を打ったらしい。やがて救急車がやって来た。

このあたりからは、政府の役人ではないので、記憶は割りにはっきりとしている。病院で頭部のCT検査を受け、医者からは「今のところ異状はありません」と告げられた。診療代もちゃんと現金で支払った。

同時に「頭部外傷のご家族の方へ」と題した「脳神経外科」からの通知も手渡された。退院後、意識障害やけいれんなどが起きた場合には、すぐに連絡してほしいとのこと。あて先は患者の「僕」ではなく「家族」になっている。それだけに、厳しい事態が予想されたのかもしれない。

さらに、この通知の後半には「お年寄り・酒飲みの方の場合」とわざわざ断ったうえで、「受傷後、1か月、2か月たってから、慢性硬膜下血腫という症状の出る場合があります」との注意書きがある。

血腫とは血の塊で、これが脳の中にできると、①頭痛がだんだんひどくなる、②歩き方がおかしくなって、つまずきやすくなる(運動まひ)、③言うことがおかしくなる(老人性痴呆)、という症状につながるそうだ。

それはそれとして、どうも引っかかるのは、「お年寄り・酒飲みの方の場合」つまり「年寄りで酒飲み」という表現である。確かに、僕は年寄りである。酒飲みでもある。とは言え、あらためて「年寄りで酒飲み」なんて言われると、「年寄りのくせに酒までたらふく飲んで」と、さげすまれているような気持ちにもなってくる。でも、病院にはお世話になった。「年寄りで酒飲み」の治療には、それなりの気配りも必要なのだろう。文句は言うまい。

後頭部を打ってから1か月後、頭痛がし始めた。来たぞ。また同じ病院でCT検査を受けたが、今回も異状はなかった。頭痛は気のせいかもしれない。でも、安心できるのはもうしばらく先のことのようである。

頭痛と前後して、僕の右胸に赤い斑点が目立ち始めた。ピリピリと痛い。水ぶくれしている。ちょうど裏側の背中にも同じような斑点ができている。夜中、痛さで目が覚めたりする。虫に刺されたのかな。ひょっとしたら、いま話題の「ヒアリ(火蟻)」かもしれない。

皮膚科の医院に行った。なじみの医者はひと目見るなり、「ああ、これは帯状疱疹(ほうしん)と言いましてね、けっこう面倒な病気なんですよ。80歳までに3人に1人が経験します」と、病気について説明した冊子を渡してくれた。

読むと、発病1〜2週間目をピークに、治るまで4〜8週間もかかる。精神的にも肉体的にも疲れたときに発症しやすい。皮膚科の医者は「体が警鐘を鳴らしているんですよ」と言う。泥酔で体力、精神力を消耗し、こんな病気につながってきたのだろうか。「安静」と「栄養」が必要だそうだ。

もちろん、アルコール類はご法度である。さっきの冊子には「アルコールは血管を拡張させて、炎症をひどくしてしまう」とある。でも、僕はそれをまったく守っていない。毎日、けっこう飲んでいる。

そのせいだろうか。帯状疱疹を発病して10日目、まだピリピリと痛いのに、今度は風邪を引き、終日寝込んでしまった。救急病院でのCT検査から帯状疱疹、さらには風邪へと、「年寄りで酒飲み」の不覚は随分と尾を引いてくるものだ。

風邪の熱も下がり、気分がよくなった夕食の折には、やはりビールの缶に手を伸ばしていた。家人はイヤな顔をしている。僕はさげすまされても仕方のない「年寄りで酒飲み」なのかな。つい弱気にもなってくる。

いや、「斗酒なお辞せず」という力強い言葉がある。「毒をもって毒を制す」とも言う。安易にアルコールを控えるよりも、まだ当分は正面から堂々と立ち向かっていこう。そう決心したのだが、我ながら性懲りもないことではある。