中国最新「日本語」事情

1週間ちょっとだったけど、久し振りに中国は東北地方(旧満州)のハルビン瀋陽を旅行してきた。行きは新潟―ハルビン中国南方航空の直行便。乗客はツアー客を中心にほとんどが中国人のようで、日本語は聞こえてこない。空港では、地上勤務の日本人女性が搭乗に際しての注意を書いた中国語の掲示板を持って、中国人客の間を走り回っていた。

飛行中、中国人の客室乗務員の女性が飲み物を配りにやってきた。ちょっと意地悪な気持ちが起こり、日本語がどの程度通じるか、試してみたくなった。で、「みず(水)を下さい」と日本語で伝えた。彼女は「はぁ!?」といった表情。もう一度、声を高くして「みず」と言ったが、全く通じない。僕の隣の座席にいた中国人らしき中年の女性が見かねて「シュイ(水)」と、助け舟を出してくれた。僕だって「シュイ」ぐらいは分かるのだが、彼女に礼を言って話し掛けてみた。20年前に日本に来て日本人と結婚し、15年前に帰化したとのことだった。

中国からの帰りは、高速鉄道瀋陽に立ち寄った後、瀋陽ー成田のやはり中国南方航空の直行便。行きと同じく客はほとんどが中国人のようだ。飲み物を配りにきた客室乗務員の女性に、今度も日本語で「みずを下さい」と言ってみた。彼女は一応はうなずいたが、僕に何を渡そうかと迷っているみたい。手が宙を舞っている。そこで、「シュイ」と改めて言うと、にっこり笑って水を手渡してくれた。そう言えば、機内の案内で日本語が聞こえたのは行きは3回だけ、帰りは全くなく、放送は中国語と英語だけだった。

大阪と上海を往復するフェリーでも日本語が通じづらくなってきた――以前のコラムでもそう嘆いたことがある。中国で細々ながら十数年、日本語教育に携わってきた者にとっては気になる現象だ。いくら乗客が中国人主体とはいえ、日本と中国を行き来する定期便なのだから、せめて「みず」ぐらいの単語は分かってほしい。そうしないのは、航空会社が無神経なのか、はたまた尊大なのか。

今回、ハルビンに行ったのは、ハルビン理工大学外国語学院日本語科の設立30周年の記念式典に招かれたからだ。僕は2001年秋から06年夏までの5年間、この大学でボランティアの日本語教師をしていた。ここを辞めて3000キロ以上南方の桂林や南寧に移ってからは、一度もハルビンに行っていない。日中の政治的な対立など逆風の中で日本語科がどうなっているか、心配でもある。二つ返事で招きを受け入れた。

大学では旧知の中国人の先生たちや、中国各地からやってきた教え子たちと再会できた。それに、日本語科の現状もそれほど心配することはなかった。1年生から4年生まで各学年5クラスずつあり、1クラス二十数人で7〜8割方は女性。ほかに大学院生が60人ほど。日本語科は500人ほどの大学生と院生を抱え、まずまずの規模ではある。

ただ、僕がいた時と同じなのだけど、学生全員が日本語を第一志望にしていたわけではない。他の学院(学部)や、同じ外国語でも英語を第一志望にしていたのだが、入試の点数が足らず、仕方なく日本語科に回されてきた者も少なくない。そういうのは男の子に多い。それでも日本語を学んでいるうちに「日本語科でよかった」と言ってくれる者もいるのだけど、中国の大学における日本語の地位はまだ決して高くはない。

また、ハルビン理工大学のようないわゆる国公立の大学の日本語科はまずは安泰だけど、私立の大学などは少子化のせいもあって苦しく、日本語科をやめたりしているとか。なるほど、私立大学ではないけど街中にあったかなり大きな日本語学校も、日本語を教えるのをやめ、もっぱら留学の世話をしているそうだ。大幅な円安で留学しやすくなったことも影響しているのだろう。

それと、最近は日本人の教師が一般に不足気味であるようだ。ひとつには60歳以上の教師を政府の方針で大学が受け入れなくなったのも響いている。僕がこの大学にいた頃は、日本で会社や学校を定年になった後、中国に来た教師が他の大学を含めて結構いた。ところが、何年か前にそれが駄目になった。理由はよくは分からない。ある大学で日本語教師をしている女性に聞いたら、「日本人の先生たちには問題はないのですが、欧米人で年寄りの男の先生たちは一般に不真面目です。中国人の女性を愛人にすることに熱心です。そんなことが影響しているのでは・・・」と教えてくれた。ただし、真偽は不明である。

ハルビン理工大学日本語科にいた頃の同僚で、今は遠方の分校で教えている教授と話していたら、「私のところには日本人教師は今、一人もいないんです。誰かいたら紹介を・・・」と頼まれた。この大学の日本語教師の大体の待遇を聞いたら、宿舎その他は大学持ちで月給5000元(1元≒19円)、着任離任時などの日中往復の航空運賃も出してくれる。僕のいた頃より随分とよくなっている。食っていけないことはない。ご希望の方がいらっしゃれば仲介いたします。