仏教レストラン

黒竜江省ハルビン市でハルビン理工大学日本語科の30周年記念式典に出た後、遼寧省瀋陽市に立ち寄った。かつて奉天と呼ばれた町で、ハルビンから高速鉄道でカッキリ2時間。駅頭にはハルビン理工大学時代の教え子のRさんが夫とともに車で出迎えてくれた。

車中でRさんから「先生、これから夕食に行きますが、お酒は一切ありません」と告げられた。「エッ、どうして?」(彼女とは十数年の付き合いになる。僕の酒好きは知っているだろうに・・・そう言えば昔から「先生、お酒はほどほどに」が口癖だったなあ)。「お酒がない訳はレストランに着けば分かります。明日は飲ませますから、今日は我慢して下さい」。

連れて行かれたところは看板に「阿弥陀佛」とあった。てっきりお寺かと思ったらレストランだった。写真の阿弥陀佛のあとにある「素食養生楼」の素食は「肉類を絶つ」とか「肉類を使わない料理」のことだから、「肉類を食べないで健康になるレストラン」といった意味だろう。

入ってみると、ホテルのセルフサービスの朝食会場のような感じ。そこそこ客がいる。食べ放題で一人15元(1元≒19円)。壁際に料理が並んでいる。ご飯類やジュース類も含め40種類やそこらはあるだろうか。ここの壁にも「南無阿彌陀佛」とある。聞けば、熱心な仏教徒の経営する店で、陰暦の毎月1日には無料開放する。その日には2000人ほどがやってくるとか。この1〜2年、街中にこの種の店が増えてきたとのこと。料理は意外に僕の口に合い、お酒がないという当初の不平不満を忘れて、二度、三度とお代わりしてしまった。奢ってもらったのだけど、これで15元とは本当に安い。

翌日の昼食も別の仏教レストランに連れて行ってもらった。昨日のところと似た店で、やはり一人15元。壁には「精進料理を食べる幸せ」といった意味の額が掛けてある。この町では仏教だけでなくキリスト教イスラム教も結構盛んですとRさんは言う。彼女の1歳上の夫も熱心な仏教徒で、1年かそこら前から肉も酒もたばこもきっぱり絶った。おまけに、自ら仏教レストランの経営にまで乗り出したが、立地が悪かったせいか、これは失敗したそうだ。

その日の夕食は、Rさんが「何を食べたいか」と聞いてくれたので、遠慮なく「羊肉のしゃぶしゃぶ」と答えた。ところが、彼女は夕方仕事があり、レストランに行くのは遅れるから、夫と二人で食事を始めていてくれと言う。ちょっと困った。羊肉のしゃぶしゃぶが大好物で、ビールもがぶがぶ飲みたい僕と、菜食主義者で酒も飲まない彼とで、どうやって食事を進めていくのか。

でも、案ずるよりは何とやら・・・使う鍋自体は二人で同じものながら、僕は羊肉を中心に食べ、彼は野菜類だけを食べる。僕はビールを3本ばかり空け、彼は水だけ。中国語が片言の僕と、日本語が全くできない彼。話はあまり弾まなかったが、中国人がよくやるように、食事中なんども乾杯し、ビールと水のグラスを合わせた。同じ鍋だから、肉汁が野菜類にかなりしみていただろう。それが少し気の毒だったが、遅れて1歳の娘さんを連れてやってきたRさんと彼のお母さんは羊肉を口にする。Rさんは控えめながらビールも飲んだ。なかなかに個性的な家族である。

昨日、今日と続けて行ったのは最近できたセルフサービスの仏教レストランで街中にあったが、お寺の近くには以前からも精進料理の店が結構あるそうだ。それらはセルフサービスではなくて料理の種類は多いし、値段も安くはないとか。「じゃあ、明日、瀋陽での最後の夜に連れて行ってよ」とRさんに無理を言った。

確かにその店は造りからして前の2軒とは違う。高級感がある。メニューを見て料理の種類を数えると、確か166あった。しかも、その一つ一つに牛肉、羊肉、豚肉、鶏肉、猪肉からサーモン、エビ、アワビ、ナマコなぞと「原材料名」が書いてある。「ビーフステーキ」「フォアグラ」「豚のホルモン」なんてのもあった。もちろん、心配ご無用!? すべて野菜類、根菜類、キノコ類が原材料である。

上の写真の真ん中は、何とか言う魚の名前で出てきた料理だが、味は似ても似つかない。右端はタマゴ料理に見えるが違う。まあ、どちらも大豆主体で作ったものだろうか。この店の料理の値段は一品20元、30元、40元から60元。食べ放題の一人15元とは格が違う。Rさん夫妻にはすっかり散財させてしまった。

ところで、日本に戻ってから聞いた話なのだが、瀋陽には毎日無料開放の仏教レストランもあり、熱心な仏教徒の寄付とボランティアの従業員で運営しているそうだ。Rさんが「もうちょっと早く知っていたら・・・申し訳ありません」と言ってきたのだが、日本で食い詰めたら瀋陽仏教徒の皆さんにおすがりする手も出てきた。その際、日本のお坊さんが昔からやってきたように「般若湯」とでも称してこっそりお酒も出してくれたら最高なのになあ。