売り手市場――スーパーから病院まで

スーパーで日本製のマヨネーズを買った。500グラム39.8元(1元=13〜14円)。いつも買っているし、よくある数字だから、値段は覚えている。が、レジでカネを払おうとすると「63.2元」だと言う。「エッ、間違いじゃないの? 39.8元のはずだよ」「いえ、値上げしました」。レジの女性は当方の不明をなじるように言う。わざわざ引き返して商品棚の価格を確かめると、間違いなく63.2元だ。ほぼ60パーセントもの値上げである。

同じ日本のブランドだが、中国製のマヨネーズもこのスーパーでは売っている。日本製よりかなり安くて、400グラムが19.5元。こちらは値上がりしていない。以前はこれを買っていたが、日本製に比べると、やはり味が落ちる。その分、品質も心配なので、日本製に切り替えていた。

日本で最近、マヨネーズが急騰したという話は聞かないから、日本製の大幅値上げの理由は何なのか。想像するところ、日本製に固執している客は少々値上げしたくらいでは逃げないだろう、という読みからではないだろうか。なかなかに鋭い観察ではある。日本製マヨネーズの隣にある、やはり日本製の味噌も1キロが42元から51元へ、20パーセントほど上がっていた。

とにかく当地では値上げの場合、5パーセントとか10パーセントとかではなく、50パーセント前後はざら、実に豪快であり、可愛げがない。もう1年ほど前になろうか、この地の人たちが街角の店でよく食べるビーフ(3月1日「日中『B級グルメ』比較」をご参照)が、標準的なもので1.8元から2.5元に値上がりした。僕の買っていたスーパーの豆腐も500グラムあたりやはり1.8元から2・5元になった。ともに40パーセント近い値上げ。いずれも安い食品だが、毎日のように食べるものだけに、人々の生活への影響は小さくはなかったはずだ。

そうだ、その少し前だったか、小さな紙パックの牛乳が24個入った箱が、(端数は忘れてしまったが)30元から60元へ、一挙に2倍になった。あきれていたら、1週間ほどすると、さらに67元に値上がりした。さすがに絶句した。以後、牛乳はほとんど飲んだことがない。味も忘れかけている。

食料品に限らない。わが塾の女の子が行きつけの美容院に行ったら、カットの料金が40元から68元へ、70パーセントも値上げしていた。店員に「どうして?」と尋ねたら「理由はありません」。仕事の丁寧な店だったが、さすがに腹が立ってそのまま店を出てしまったそうだ。最近、髪を長くしていると思ったら、そういう事情があったのだ。

あれもこれも、どうもこちらでは売り手の立場が強すぎるみたい。威張っている。大幅に値上げしても理由さえ説明しない。どうしてそうなのか、僕にはよくは分からないが、ふと、ふた昔以上前に上海に初めて行った時のことを思い出した。暑い盛りだった。デパートに入ると、冷房はなかったが、扇風機がショーケースの上のそこかしこに置いてあった。が、それらはすべて店員、つまり売り手のほうを向いて回っていた。そんな伝統がいまだに尾を引いているのだろうか。

でも、売り手市場であっても、マヨネーズや美容院のカット料金なら、まだいい。マヨネーズなんて、食べなくてもいい。カットの間隔だって伸ばせばいい。何とか我慢もできる。しかし、病院も売り手市場では、ちょっと困る。

夜遅く、わが塾の男の子から電話があった。彼は病身の父親と二人で暮らしている。その父親が激しい吐き気を訴えたので、救急病院に担ぎ込んだ。ところが、病院からまず500元を払うよう要求されたが、夜遅いこともあって手持ちのカネがない。助けてほしい、ということだった。さっそくタクシーで駆けつけた。父親は救急病院の玄関脇にある部屋に服を着たまま寝かされていた。点滴だけはしているが、カネを払っていないので、なんの検査も治療も受けていないと言う。

封筒に入れたカネを渡すと、わが生徒は代金支払いの窓口に飛んで行った。こちらの救急病院では深夜でもカネをもらう窓口を開けている。なんという働き者だろうか。お勤めご苦労さんである。カネをもらったので、やっと病院側が動き出した。いくつかの検査をし、薬を飲ませ・・・でも、病院に担ぎ込まれてからここまでに、どれくらいの時間がたっているだろうか。もし、その間に命にかかわる事態になっていたら・・・。

もっとも、たとえ命にかかわったとしても、病院側としては、まだカネをもらっていないのだから、つまり「治療」自体が始まっていないのだから、どうしようもなかった。責任の取りようがない。すべて買い手側の責任である、ということになるのだろう。