どこでも虐げられる「非正規社員」

わが塾で日本語を勉強中の女の子が以前、桂林市内の公園にバイトで勤め始めた。自然に恵まれた桂林には観光客でにぎわう公園がいくつもある。すべて桂林市園林局の傘下にあり、彼女もそうした公園のひとつで鍾乳洞の案内係になった。昼間8時間の勤務で、週1回の休み、初任給が480元(1元=13〜14円)。安い給料だが、少しずつ昇給し、半年後には600元になっていた。

聞くところによると、こちらの決まりでは、勤めて半年以上になると「固定社員」というものになり、医療、失業、養老といった保険に入ることになっている。保険料は本人と雇い主とで負担する。で、わが女の子によると、勤めて半年が近づくころから公園側の嫌がらせが始まった。「客が君に満足していない」「客を怒らせた」とか「客に写真を撮らせなかった」とか、毎日のようにうるさい。写真云々は、公園お抱えの写真屋を儲けさせなかったという意味らしい。嫌がらせは保険料の負担を嫌った公園側が彼女を辞めさせたかったからというのが、本人の解説である。「とにかく卵から骨を探すような嫌がらせでした」。「根も葉もない」ということだろう。

しかし、彼女は頑張った。こんな嫌がらせには負けたくない。そのうちに公園側から新しい提案があった。「君は実によく働いてくれるから、これからは別の部署で頑張ってほしい」。これまでと同じく鍾乳洞の担当だが、入場券売り場に回された。おばあさんがひとり、編物をしながら座っている。自分が来る必要なんて、全くないみたいだ。でも、それはまだいい。異動とともに給料が480元に下がった。初任給と同じ額だ。新しい仕事を始めるのだから、給料が元通りになるのは当たり前というのだ。

彼女は公園を辞めた。もらえるはずの給料が残っていたが、公園側はいっこうに払おうとしない。いっしょに辞めた女の子も同じ状況だった。ふたりで労働局に訴えた。労働局は公園側に未払い賃金の支払いを命じた。だが、それでも払ってくれる気配がない。先の女の子に尋ねてみた。「私はもらいました。でも、あなたには秘密にするように言われたの」。この女の子は桂林の人間、わが女の子は他省の出身。よそ者を差別する話はこの地ではよくあることだ。

この話を聞いて、わが塾で先輩格にあたる女性ふたりが怒り、直接、公園に談判に及んだ。うちひとりは桂林が属する広西チワン族自治区の生まれ育ち。たぶん方言でぶちまくったのだろう。240元が戻ってきた。こちらの腹積もりでは未払い賃金は400元ほどだったが、ろくでなしとこれ以上やりあうのは時間の無駄と、半分ちょっとで手を打った。彼女たちによると、この種の話は中国ではよくあることなんだそうだ。

わが塾の生徒には、一応は安定した勤め先があったり、大学生で親掛かりだったりする子もいるが、けなげにも「当分は食うや食わずでも、勉強を中心にします」と、フリーターまがいの者も多い。当方としては放っておいてもいいのだが、授業料も払っていただかないといけない。生徒たちの懐具合もおおいに気にかかる。何か適当なバイトがあれば紹介してやりたい。できたら、日本語や韓国語が少しは役立つ職場だったらありがたい。

そんな折、日本人客の多いホテルから「日本語がある程度できる生徒を数人、インターンシップということで・・・」と、願ってもない求人が舞い込んだ。「インターンシップ」と言うのだから給料は高くないだろうが、日本語を使う分、給料に何がしかの上乗せをしてくれるだろう。

さっそく条件を聞いてみた。勤務は客の出入りの多い朝7〜9時と晩5〜10時の毎日7時間、給料は1カ月400元――休日については何も言わないから、休日なしみたい。朝食時、夕食時の勤務なのに、食事についても何も言わない。自分でどうぞ、ということだろう。交通費についても同じだ――つまり、外国語を使って外国人相手に、行ったり来たりして朝早くと夜に働くのに、時給は2元に満たない。日本円にすると、30円にも欠ける。1時間働いても、ビーフン(米粉)1杯にすらありつけない。とても生徒には勧められない。早い話が、お断り申し上げた。

でも、桂林ではこれが特段に低い給料というのでもなさそうだ。最初の「公園」の場合も、時給にすれば、最高の給料を貰っていたときでさえ3元弱、日本円で40円ほどだ。塾で授業料の滞っている男の子がいたので、ちょっと顔をしかめると、「すみません」と2カ月ばかりコンビニで働いてきた。時給は2元あまり。ほぼ毎日、残業して働いたが、2カ月で収入は1000元かそこら。しかも、なかなか給料を払ってくれなかった。そこから授業料を取り立てるのが申し訳ないような感じである。

桂林は国際的な観光都市とは言え、上海、広州などに比べれば、しょせんは田舎町。人々の給料も平均すると1000元前後と高くはない。わが塾の「フリーター」たちの給料は、さらにその半分かそこら。この地の「非正規社員」は日本以上にいじめられ、虐げられているようである。