ゴミ箱に不自由しない街

桂林の街中、そしてこの街に多い公園を歩いていると、道路脇の「ゴミ箱」の多さがいやでも目につく。中国の他の街よりずっと多い気がする。そのゴミ箱にもいろんな型があるが、下の3つが現在の桂林では最もポピュラーな奴だろうか。うちひとつのゴミ箱に書かれている文字は「環保小屋」である。「環境保全小屋」の意味だが、日本語らしく言えば「護美箱」といったところだろう。比較的新しいゴミ箱には灰皿までがついている。


「ゴミ箱の多さが目につく」と書いたが、上の「環保小屋」の向こうにも、道路を挟んでもうひとつゴミ箱が見える。いや、一望で3つや4つのゴミ箱が見えることも珍しくない。いやいや、わが塾の近くの某地点に立って見渡せば、8つのゴミ箱が目に飛び込んでくる。ギネスものではないか。娘一人に婿八人。手にゴミを持っていたら、どのゴミ箱に捨てようかと迷ってしまう。大きな橋の上には、橋の管理会社の名前入りの独自のゴミ箱も置いてある。この市の為政者は市民にゴミ箱の不自由だけはさせたくないと考えているみたいである。

桂林のあちこちには、300段から500段程度、頂上まで階段のついた山が10ほどある。観光客も多い。その頂上にも下のようにゴミ箱が必ず置いてある。写真のゴミ箱はつい最近、登場した奴だ。これまでのプラスチックや鉄で出来た無粋なのとは違って木製である。もちろん、頂上だけではなく階段のあちらこちらにも置いてある。

どうして、こんなにゴミ箱が多いのか。容易に想像できる。中国人は一般にゴミをポイポイと道端に捨てる、ゴミ箱が街の至る所にあれば、嫌でもそこに捨てるだろう、外国人に恥ずかしくない国際観光都市桂林を・・・といったところだろう。本当は「ゴミは出先で捨てないで持ち帰ろう」が正しい政策だと思うのだが、まあ、それはそれとして、当局の努力には一応の敬意を表したい。

「敬意」ついでに言えば、これらのゴミ箱は「回収可能」と「回収不可能」の2つの箱に分かれている。日本流のきめ細かな分別収集には及ばないが、一応は立派な分別収集である。そして、掃除のおじさん、おばさんがリヤカーを引きながら回ってきて、たまったゴミを持っていってくれる。この掃除のおじさん、おばさんも桂林には実に多い。

ところで、そのおじさん、おばさんたち――ゴミ箱からゴミを回収する際、「回収可能」と「回収不可能」を一緒くたにしてリヤカーに放り込んだりしている。アレレ?と最初は思ったが、心配はご無用。前もって回ってきたおじさん、おばさんたち(もちろん、掃除のおじさん、おばさんとは無関係)が回収可能のゴミ、つまりおカネになるペットボトルなぞは、さっさと持っていってしまっている。ゴミ箱に残っているのは回収不可能だけである。分別収集はとっくに済んでしまっているのだ。それに、そもそも分別収集なんて、この地の人々はあまり関心がないみたい。可能、不可能にお構いなくゴミが放り込んである。

僕は今、塾に住み込んでいるが、1年ちょっと前までは、ある団地に住んでいた。桂林には立派なゴミ箱が多いと言っても、それは街中でのこと。業者が造った団地なんかにはあまり置いていないみたいだ。わが家の近くのゴミ捨て場にも大きなバケツ様のものしかなかった。仕方がないから、ここになんでも捨てた。でも、ペットボトルを捨ててしばらく覗き見していると、ものの数分もしないうちに、通りかかった誰かが持っていった。

先日、公園で缶ビールを飲んでいたら、上品なおばあさんが寄ってきた。大きな袋を抱えていて「もう、飲み終わりましたか」と聞く。空き缶が欲しいのだ。「いや、まだです」と言いながら、あわてて飲み干したが、もう彼女の姿は見えなかった。街中のゴミ箱も「最近は貧乏な大学生があさっています」と、わが塾の女の子が言っていた。豊かになった中国ではあるが、ゴミ問題ひとつにしろ、底辺ではこんな人たちに支えられている。

それはそれとして最近、上のような石製のゴミ箱が街中に登場した。カルスト地形の山々が連なる桂林では、材料の石に不自由しないのだろうが、「ゴミ箱」と呼ぶにはもったいないような風格がある。また、回収が可能、不可能と言っても、何がそうなのか分からない、という市民の不満もあったのだろう。最近は可能、不可能のそれぞれのゴミを絵で示したゴミ箱も登場してきた。先に書いた木製のゴミ箱と言い、これらと言い、「婿」たちもどんどん進化しているようである。