「騒音」はお気に召すまま

「ピーポ ピーポ ピーポ ピーポ ピーポ キュイッー キュイッー キュイッー キュイッー」

「ウィーン ウィーン ウィーン ウィーン ウィーン」

「ピュイッ ピュイッ ピュイッ ピュイッ クィッ クィッ クィッ」

以上、「音」をどこまで正しく伝えているのか、僕の音感の鈍さと表現力の乏しさが情けないが、夜、塾で授業をしていると、外からこんな音が絶えず飛び込んでくる。わが塾は広い交差点に面したビルの4階にある。「ピーポ ピーポ・・・」などの発生源は下の歩道にずらりと並んだスクーター、バイクである。主にスクーターからで、誰かが少しでも触れると、あるいは、周りの音が大きいと、センサーが働いてこんな音が鳴り出す。鳴り方にはいくつもの種類がある。効果のほどは別として盗難を防ぐためである。スクーターの動力である蓄電池がよく盗まれるのだそうだ。

鳴っているのは5秒か10秒、長くても数十秒だが、そこかしこの二輪車が代わる代わる吠えるので、結構うるさい。でも、数十秒ならまだ我慢もできる。たまには、休まずに鳴り続けている奴がいる。塾の下の階にはインターネットバーがある。多分、そこで遊んでいる若者がリモコンで鳴らしているのだろう。授業の邪魔になって仕方がない。「警察を呼んでくれ」。思わず僕が叫ぶと生徒たちから「先生、ここは中国ですよ」と、たしなめられる。そんなことで警察が飛んできてくれるはずがないのだ。じゃあ、自分でやるしかない。下の写真のような警告文を何度かスクーターに張り付けた。これが効いたのかどうか、同じスクーターを以後ここでは見掛けなくなった。

桂林のすべての二輪車にこの騒音装置が付いているわけではない。街中を歩いている時、歩道に止めてある二輪車のお尻を続けざまに触っていくと、「ピーポ ピーポ・・・」なぞと騒ぎ出すのは、10台に1台かそこらである。そして、この装置の値段は1台あたり100元(1元=12〜13円)前後。ここ数年、二輪車とりわけスクーターの普及とともに、急激に増えてきたのだそうだ。

とにかく桂林は泥棒の多い所だから、気持ちも分からないではない。だが、周りの迷惑についてはいったいどのように考えているのだろうか。たまたま生徒の一人が「伯母がスクーターにつけています」と言うので、代わりにインタビューしてもらったら「私もうるさいけれど、桂林の人ならもう慣れています。誰も文句を言わないはずです」とのことだった。

二輪車だけではない。数は少ないが、乗用車にも付いている。わが塾が以前にいた建物の隣には警察の施設があった。ある朝、その駐車場から「ピーポ ピーポ・・・」が鳴り出し、終日止まらない。発生源は赤い軽自動車だ。見ていると、中年の女性が時々やってきて、眺めている。多分、やっと手に入れたマイカーだろう。いたずらされたら、盗まれたら、と心配で堪らないのだ。さすがにこれには仕事仲間からも苦情が出たみたいだ。2日ほどで音はやんだ。

もっとも、以上の騒音はいま話題の大相撲にたとえれば「幕下級」で、もっと上がいる。爆竹である。こいつが「十両級」だ。いったん鳴り出せば、収まるまで数分間、授業は中止だ。しかも、爆竹は結婚式など何かのお祝いがあって鳴らすものだけに、文句も言いにくい。

そして、爆竹よりもうるさく神経にこたえる「幕内級」が内装工事の音である。中国では新築のマンションなどを売買する場合、部屋の中はコンクリート剥き出しが普通で、内装はそれを買った者が独自にやることになっている。その工事がいっせいに行われれば問題はないが、そんなことはまずありえない。持ち主の都合で時期はばらばらになる。

わが塾はこれまでに1回引っ越しをしているが、どちらの建物も新築後、そう時間が経っていなかった。おかげで、上下左右の部屋の内装工事に何回か遭遇した。壁に電気ドリルで穴を開けたりする際の音が一番ひどい。かなり離れた部屋からの音でもすぐ隣からのように響いてくる。いったん内装が終わっていた部屋でも、持ち主や借り主が変わればまたやり直したりする。だけど、この騒音はお互い様みたいなところがあるから、爆竹と同じく文句も言いにくい。

よく日本人は騒音に対して無神経だと言われる。でも、中国人の無神経さ、そして寛大さに比べれば、日本人はとても足元にも及ばない。一般に中国人が大声で話し、電話の声まで大きいのもその一環だろうか。電話と言えば、僕も日本で「声が大きすぎる」と、周りから文句を言われることがよくある。でも、おかげさまで、こちらにいて文句を言われたことはまだ一度もない。