おじいちゃん、おばあちゃんの「日々是好日」

散歩していて一瞬「何ごとか」と、わが目を疑ったほどだった。下の写真にあるごとく、粗末な、テントとも言えない覆いの下で、大勢のおじいちゃん、おばあちゃんがカードで遊んでいる。おじいちゃんの方が多く、ひとテーブルに3人か4人ずつ、ざっと数えると全部で200人にはなろうか。プレーヤーだけでなく観客も結構いる。下の2枚目の写真のように、公園や街中でカード遊びをしているおじいちゃん、おばあちゃんはよく見掛けるが、こんなにたくさん、一か所に集まっているのは初めて見た。

カードと言ってもトランプではない。「字牌」と、素っ気ない名前で呼ばれていて「紙マージャン」といったところ。下の写真のように「一」から「十」と、「壱」から「拾」の細長いカードがそれぞれ4枚ずつ計80枚で遊ぶ。とにかく公園で、街中で、それも時には地べたに座ってまで、この地の人たちはカードなどで遊ぶのが大好きだが、その7〜8割方がこの字牌である。ほかは将棋、トランプ、マージャンで、これらは比較的若い連中だ。おじいちゃん、おばあちゃんになると、ほぼ100パーセントが字牌になる。子供のころから慣れ親しんできたのだろう。

で、この紙マージャンの先ほどのたまり場は、朝8時から夜9時半まで開いているそうだ。後日、昼ごはん時にまたのぞいてみたら、カップ麺やビーフンを食べながら遊んでいた。トウモロコシ、ゆでタマゴ、牛乳にマントウをワゴンに乗せた売り子のおばさんもやってきた。

おカネも賭けているが、聞くと、大勝ち、大負けしても一日に30元(1元=12〜13円)程度。「僕にもやり方を教えてほしい」と、ここの管理人らしきおばさんに言うと「1日に30元くらいの負けを覚悟して何日かやったら、すぐ覚えられるよ」とのこと。ここの使用料は終日1人1元で、さっきのおばさんらが役所から土地を借りて経営しているらしい。

こちらのおじいちゃん、おばあちゃんには孫の送り迎えという別の楽しみ、いや仕事もある。中国では両親ともに外で働いている家庭が多いから、小学校低学年の送り迎えは主におじいちゃん、おばあちゃんの役目になる。送迎だけでなく、息子夫婦、娘夫婦に代わって孫の生活全般を見るのもおじいちゃん、おばあちゃんである。

当地の小学校では給食はなく、子供たちは昼食も自宅で取るのが普通だ。従って、送り迎えは1日2回もある。某日夕方、わが塾の近くの小学校に行ってみたら、近くの広い歩道は100メートルほどにわたって出迎えのおじいちゃん、おばあちゃんでごった返していた。ここでもおじいちゃんが多く、おばあちゃんは多分、家で夕食を作っているのだろう。

終日、紙マージャンに明け暮れるおじいちゃん、おばあちゃんと、孫の世話に忙しいおじいちゃん、おばあちゃん――両者には今の「境遇」にちょっとした違いがあるようだ。前者は孫が小学校の高学年以上になって手があまりかからなくなった人たち、後者はその前段階の人たちなのだろう。

おばあちゃんには別の仕事、別の楽しみもある。刺繍である。いくらかのカネにもなり、靴の下敷きに刺繍しているのが多い。なんで靴の下敷きにまで?と思ったが、中国人は靴を脱いだ時に奇麗な刺繍がのぞくのが自慢なのだそうだ。下の写真のおばあちゃんは、わが塾が入っているビルの管理人である。73歳。おじいちゃんと一緒にこれまでに13人の孫を育ててきた。今も狭い管理人室に小学校低学年の孫2人と住んでいる。従って、おじいちゃんともども紙マージャンには縁がない。暇さえあれば、刺繍に勤しんでいる。

おばあちゃんに対抗して、おじいちゃん独自の過ごし方もある。歩道での書道である。長い筆を使って歩道のタイルに水で字を書いていく。紙も墨もいらない。天気のいい日にはそんなおじいちゃんによく出くわす。歩行者にとってはいささか邪魔ではあるが、さすがにみんな達筆である。ちょっと褒めると、実に嬉しそうな顔が返ってくる。

紙マージャンなどバクチの類は敬遠して、もっぱら談笑で過ごすおじいちゃん、おばあちゃんも少なくない。亜熱帯の桂林とはいえ、この寒い時期にはさすがにその人数は減るが、夏のころは公園や街中で10人、20人の集まりをよく見掛ける。下の写真のおじいちゃんはみんな80歳前後、「賭け事はよくない」と言い、寒々とした公園で昔話や世間話にふけっていた。

ところで、日本のおじいちゃん、おばあちゃんはいかがお過ごしでしょうか。