80歳代が最多人口の町

僕の住む団地を散歩していると、ある家のブロック塀に「危険! 注意! 塀が傾いています」との表示があった(写真下)。確かに少し傾いている。地震でもあれば、通行人に危害を及ぼしかねない。表示は市役所が掲げたもので、この家の住人はもう5年か10年か、随分と長い間、不在である。表札だけがまだ残っているが、門扉から中をのぞくと、家はもはや壊れかけている感じで、植木類は茂り放題。両隣の家まで枝葉が伸びている。

家の持ち主はもう亡くなっているのだろうか。そうならば、相続人はどうしているのか。市役所も表示を掲げるだけで、安全対策は講じないのだろうか。ここは極端な例だが、とにかくわが団地では、住人が高齢化するにつれて近年、空き家が目立ってきた。あるところでは、四つ角に面した4軒のうち実に3軒までが空き家である。空き家に泥棒が入ったという話も耳にする

わが家は埼玉県川越市の戸建て中心の団地にある。僕が引っ越してきて、もう半世紀以上になる。九州から東京に転勤した際、たまたま知人が、出来たばかりのこの団地に家を持っていて、安く貸してくれた。通勤にはやや時間が掛かるが、環境はいい。そのうちに空き家を買って建て替え、住みついてしまった。周囲はほぼ同じ世代の勤め人が多かった。子供たちも幼児や小学生が中心で、似た世代だった。

家々の前の道路は、もっぱら子供たちの遊び場だった。幼稚園や小学校が引けてからは子供たちの歓声が響いていた。今は昔の話である。小学校は団地の中にあった。だが、やがて小学生の数が減り、小学校は新しく出来た別の団地の中に引っ越してしまった。幼稚園だけは団地内に残っているが、かつては団地の子供たちだけで満杯だったのに、今はそうはいかない。送迎用のバスが2台あり、かなり遠方から子供たちをかき集めてきている。

団地の自治会から、会員の年代別、男女別の調査結果が送られてきた。(少しだけ数字を丸くすると)3560人の会員のうち最も多い年代は80歳代の780人で、90歳代以上の110人と合わせると、会員の4人に1人が80歳以上である。80歳代に続いて年代別に多いのは70歳代の620人だ。ちなみに、一番少ないのが30歳代で、210人しかいない。18歳以下は320人。これじゃ、小学校も逃げてしまうはずである。

わが家に近いある家の前に椅子が二つ並べて置いてあった。「ご利用ください」と書いた紙が貼ってある(写真上)。散歩に疲れた老人たちに一休みしてもらうための椅子だなと思った。だが、この家の住人の女性に電話してみると、僕の直感はいささか違っていた。

わが団地には僕が住み始めた頃から、スーパーマーケットがひとつある。わが家から歩いて千歩ほどのところで、近いこともあって、まあ重宝してきた。ところが、団地のはずれからこのスーパーに行こうとすると、2千歩ほどになったりする。80歳代、90歳代の老人にとっては、一気に行き帰りするのはややつらい。途中で少し休みたい。

電話で話を聞いた女性は、自治会の役員をやっていて、そんな要望のあることを知っていた。そして、自治会事務所の椅子が2脚、不要になると聞いた時、「そうだ!」と、椅子を貰い受け、自宅の前に置いた。「けっこう利用してもらっているようです」

子供たちの数が減るにつれて、春が来ても、団地の中で鯉のぼりを見かけることがなくなっていった。ところが、今年は5月5日の「こどもの日」にかけて、自治会事務所の前では大中小の鯉のぼりが集団で泳いでいた(上の写真)。団地では久しぶりに見る鯉のぼりである。写真はその一部で、20匹や30匹はいただろうか。

実は今年、自治会では「不要になった鯉のぼりを寄付してください。事務所の前で泳がせます」と、会員に呼びかけていた。子供たちが成長して家を離れ、もはや鯉のぼりを自宅の庭に立てることはない。かといって、子供たちに譲るにも、マンション住まいなら、その場所がない。でも、思い出が詰まった鯉のぼりを捨てたくはない。そんな住民が少なくないことを、自治会では承知していたのだろう。

「人生100年時代」と言う。わが団地ではあと10年もしたら、最多人口の年代も10年延びて、「90歳代」になっているのだろうか。いや、まさか。でも、ありうる。恐ろしくもあり、楽しみでもある。