入れなかった「博覧会」

わが南寧で10月21日から26日まで「第8回 中国―東盟博覧会」が開かれた。「東盟」とは中国語の「東南亜国家連盟」の略、つまりアセアン(ASEAN 東南アジア諸国連合)のことだ。南寧に来てから、この「東盟」という単語をよく見掛ける。南寧や桂林が属する広西チワン族自治区ベトナムと国境を接していて、中国ではASEANに最も近い地域のひとつである。それだけにお付き合いに熱心なのだろう。

いや、もっとざっくばらんに言えば、南シナ海スプラトリー諸島南沙諸島)の領有権をめぐっては、中国はASEANと大いにもめている。これには軍事的圧力を掛ける一方で、経済的なつながりをさらに強めていく。そして、この地域を自分の「裏庭」にしてしまいたい。東盟、東盟と熱心なのはそんな思惑からだろう。新聞によると、開幕式にASEAN10か国の中でトップが来たのはマレーシアとカンボジアだけで、インドネシアやフィリピンに至っては副大臣級なのに、中国は温家宝首相が出席して「深化区域合作 実現共同繁栄」と演説していた。

まあ、いずれにしろ、何かおもしろいことがあるかも知れないと博覧会の中日、わが塾の仲間数人と出掛けてみた。上の写真が会場である。中国の国旗をASEANの国旗が取り囲んでいる。この程度の博覧会にそう沢山の人が押し寄せるはずがない。入場料がどの程度かは知らないが、入り口で切符を買えば済む話だと高をくくっていた。

だが、うかつだった。入り口の掲示を見ると、この博覧会は6日間の会期中、最初の5日間は「専業人士」しか入れないとのこと。英語では「business professionals」とあるから、日本語だと「商売人」とか「経済人」といったところだろう。我々はお呼びではない。相手にしてもらえず腹も立つが仕方がない。その代わりと言うか、5日間は入場料が60元(1元≒12円)だが、「公衆開放日の最終日は無料です」と、入り口の係員が教えてくれた。

で、最終日の26日、無料だと混雑するだろうと、開場のかなり前に入り口に着いた。だが、様子がおかしい。手に入場券らしきものを持ったおじさん、おばさんが「切符、要らない?」と言いながら次々に寄ってくる。ダフ屋である。なんで無料開放の日にダフ屋がいるの? なぜか会場の警備が厳重で、警察官どころか兵士までがいっぱいいるが、取り締まろうという様子はいっこうにない。それはそれとして、無料というのはウソだったのだ。癪だから実直そうな兵士をひとり捕まえて念のために聞いてみたら「今日は無料です」ときっぱりと言う。周りの会話を聞いても、無料だと思ってやって来た人が多いようだった。そもそも中国の常識では「開放日」と言えば「無料」を意味するとか。これはあとで聞いた話だ。

想像するところ、元々は無料の方針だったのが、途中何かの事情で有料に変わったのだろうか。いずれにしろ、ダフ屋がこれだけ出ているのは、正規の切符はもうないということだろう。思った通り切符売り場は朝から閉まったままだ。入り口の掲示をもう一度よく見ると、公衆開放日の切符は「114」に電話しろとある。へぇ、やっぱり有料だったの? で、114に電話すると、切符の販売は昨日で終わっているとか。結局、入場するにはダフ屋に頼るしかない。連中を潤わせるつもりは毛頭ないが、試しに値段を聞いてみると「100元」だった。時間が経つにつれて「80元」「2枚で150元」と値下げしてきた。



上の3枚の写真がダフ屋群像である。最初の写真の中央3人がダフ屋で、手に青色の入場券の束を持っている。右端の女性は客で、ダフ屋と値段の交渉中だ。真ん中の写真ではやはり青い入場券を手にした右端の男がダフ屋。中央の女性が客なのかダフ屋仲間なのかは分からない。最後の写真は太った男がダフ屋で、手の中に入場券を持ちながら客を物色している。午前中の早い時間は客よりダフ屋の方が多いといった感じだった。

もちろん、日本でも野球場などにはダフ屋が出没している。でも、私的な興行ではなく国家同士の公的な博覧会で、公衆開放日の切符販売をダフ屋に任せてしまうなんて、随分と大胆な話である。正規の機関からダフ屋集団に切符を流す巨大な闇組織が存在するのではないか。ダフ屋のおばさんは「私たちは1枚売ったらいくらのアルバイトなのよ」と言っていた。

結局、何が何だかよく分からないうちに入り損なった博覧会だったが、評判を漏れ聞く機会はあった。わが女子サッカーチーム「なでしこ南寧」のことは以前に書いたが(6月15日付)、最近その仲間になった40歳代の女性がいる。彼女は会場の警備に当たっている男性警官から写真つきのIDカードを借りて「専業人士」の期間中にのぞいてきた。感想を聞くと開口一番「警官の話だと、会場にはスリや泥棒がいっぱいだそうです」。スリや泥棒も広い意味では商売人だろう。

最終日、入場をあきらめて近くのスーパーの辺りまで来たら、中学生らしき女の子3人が前日、親に連れられて行ったとかで、感想を声高に話していた。「超失望したわね」「ほんとにそうね」。なお「専業人士」の期間中は18歳未満の入場はお断りのはずである。

入場できなかったのは、結果的にはよかった。また、スリにやられたかも知れないし、くたびれ儲けに終わっていたかも知れない。手の届かないブドウを「どうせ酸っぱくてまずいだろう」と言ったイソップ物語のキツネよろしく悔しさを抑えている。ちなみに、地元紙によると最終日には「数万」の入場者があったそうだ。