雨期の暮らし方

わが塾はアパートの2階にあるが、その廊下の天井や壁に水が染み出てきている。白い壁が少しどす黒くなっている。気になってほかの部屋の天井や壁を調べてみると、どこも大なり小なり水の染み出てきた跡がある。100円硬貨大の染みが点々と付いた壁もあった。3月半ば過ぎの某日、午後のことである。「犯人」はすぐ上の3階の部屋だろう。3階は最近、家の持ち主が引っ越していき、借家人が入ったばかりのようだ。3階ではいったい何が起きているのか?

塾の生徒の1人が駆け上り、部屋をノックした。返事はなく、部屋で飼っているらしい犬の鳴き声だけが聞こえた。仕方がない、まず塾の家主に電話し、そこから3階の家主に連絡してもらった。そして、仕事先の借家人に「早く家に戻ってくるように」と伝えた。しばらくして3階の家主夫婦が塾に現れ、天井や壁を見て「あんな連中に家を貸すんじゃなかった」と怒っている。やがて借家人も戻ってきた。

で、3階に行ってみると――廊下も部屋も床はまるで「プールのようでした」とは、見てきた連中の報告である。僕はちょうど授業中で覗きに行かなかったが、「プール」という例えを決して大げさだとは思わなかった。プールに浮かぶ?テーブルの上も、バケツか何かで水を掛けたようだったとか。下の階に水が漏れてくるのは理の当然なのだ。

2月から3月にかけてこの地は雨の日が多い。雨量そのものはそれほど多くはないようだが、夜半には必ずと言っていいほどに雨が降る。昼間はやむが、終日どんよりと曇っている。僕は今年、春節旧正月)の前後に1カ月ほど帰国し、2月半ばに南寧に戻ってきたが、以来1カ月以上、太陽を見たことがなかった。いや、僕が留守中の1カ月も太陽なしでした、と塾の連中は言う。例年よりずっと雨天が多かったようだ。そこへ、ベトナムに面した南の海から実に湿っぽい風が吹いてくる。

以前、桂林にいた時にも「『水槽』の中の生活」と題して書いたことがあるが、この時期、部屋の中は床も壁も天井も水滴でいっぱいになることがよくある。床はまさに「ピッチピッチ チャプチャプ」だし、アパートの階段も水を撒いたわけではないのに濡れに濡れている。そんな中、2階のわが塾が3階のような惨状を免れているのは、ひとえにみんなの努力の賜物である。床や壁に少しでも水滴が付けば、すぐ拭き取っている。床に新聞紙を敷くこともよくある。窓はできるだけ開けないようにし、湿った外気が入らないように努めている。

ところが、3階の住人はそんなことは全くやっていなかったのだろう。あとで分かったことだが、住人は若い男女各2人と犬2匹で、犬は別として男と女はそれぞれカップルのようであった。うち、男の1人をわが塾に引っ張ってきて、染みの付いた壁や天井を見せ、「これ以上ひどくなると、ここの家主から賠償金を請求されるぞ」と脅しておいた。そのせいか以後、水が染み出してくることもなくなり、騒動は一段落した。

とは言うものの、いっこうに「一段落」してくれなかったのが洗濯物である。とにかく乾かない。僕が塾の生徒4人と一緒に住んでいるアパートには室内に10平方メートルほどの干し場があるが、ここは5人の洗濯物ではちきれんばかり。手洗いしている靴下だけは僕の部屋に持ち込み、ベッドの上に張ったロープに吊るしている。先日、数えてみたら、干した靴下が8足あり、そのどれもが大なり小なり湿っていた。8足というのは1週間が過ぎても乾いていない計算である。

いや、部屋の中が水滴だらけになるくらいだから、その折の湿度は100パーセントである。干しておくとそのうちに乾いてくれるなんて、生易しいものではない。いくら干しても乾かない。乾かないどころか逆に湿ってくることもある。カビが生えてくる。窓のカーテンはこの時期、洗濯するわけにもいかないので下げたままだが、おかげでカビだらけである。

ただ、ありがたいことには「文明の利器」がある。電気ストーブである。下着の着替えがなくなった時にはこいつを使う。でも、大学の寮で暮らしている学生たちはどうしているのだろうか? 電気ストーブなんてないはずだ。かわいそうにと思い、わが塾に来ている大学生たちに聞いてみると、明快な答えが返ってきた。「ドライヤー」である。女の子も男の子もたいていは髪を乾かすドライヤーを持っている。雨期にはこれで下着を乾かすのだそうだ。

4月の声を聞くようになって、やっと太陽が顔を出してくれた。最初は雲の彼方にぼんやりとだったが、数日するとはっきりと全体が現れた。部屋や階段から水滴が消えた。朝に洗った靴下が夕方には乾くようになった。