わが身辺に見る「尖閣諸島」

「釣魚島是中国的」(釣魚島は中国のものだ)。釣魚島はわが国の尖閣諸島に対する中国側の呼び名である。その尖閣諸島の国有化がきっかけとなってこの9月、10月、南寧市のわが塾、わが住まいの近くにも「釣魚島是中国的」のスローガンが氾濫していた。アパート・マンションの入り口やビルの壁に横断幕、垂れ幕がある。飲食店や美容院の電光掲示板にも広告に交じってこのスローガンが出てくる。「打倒日本鬼子」と付け加えてあったりもする。「日本鬼子」は日本人に対する蔑称である。

台湾の李登輝氏が2年ほど前、日本の月刊誌で「中国人というのは、道で向こうから美人が歩いて来たら、彼女は私の妻です、と言いかねません。そういう民族です」といった意味のことを言っておられた。それを思い出しながら「釣魚島・・・」のスローガンを眺めていた。

ただ、聞いてみると、このスローガンも必ずしもそう訴えたくて掲げていたわけではなさそうだった。とりわけ美容院の場合、店内に置いてある髪型の雑誌は、文章は中国語でも作品は日本のもの。東京の銀座、青山といった地名や日本人美容師の名前も随所に出てくる。反日デモの餌食にされやすいので、スローガンを「お守り」代わりにしていた面があるそうだ。

そして、11月に入ると「釣魚島・・・」のスローガンはなぜか姿を消し始めた。代わって「火の用心」を呼び掛ける横断幕が張られたマンションもある。そんな中で、なんとも不愉快だし、いっこうに消えようとしないのが下の写真にあるビーフン屋の電光掲示板だった。店員募集の広告や「釣魚島・・・」に交じって「日本人と犬は入店お断り」が出てくる。「犬」は中国語の話し言葉では「狗」となる。塾で相棒の中国人の先生に頼んで抗議の電話をしてもらった。このビーフン屋はチェーン店で、電話に出たのは本部かどこかの男性だった。

――おたくの広告には国際的な友好にとって適切ではない言葉が入っています。

「えっ、なんのことですか?」

――釣魚島についてのスローガンはまあいいとしましょう。でも、その後に続く言葉は外国人が見たら、びっくりしますよ。(ここまで言うと、相手も抗議の意味が分かったらしい)。

「でも、店のあたりには日本人はいないはずですよ」

――この辺りは学生街です。例え日本人がいなくても、日本語を学んでいる学生や日本語の教師はたくさんいます。それに、ビーフン屋は日本とは無関係ではないですか」

「いや、日本とは全く関係がないのに、やられた店も結構ありますよ」

――いずれにしろ、私の話を参考にして対処してください。

翌々日の夜、店は営業しているのに、電光掲示板の広告はすべて消え、復活した時には釣魚島関連のスローガンはすべてなくなっていた。

ビーフン屋のそばに新聞スタンドがある。ここで買った地元の夕刊紙をめくっていたら、「中国人民の老朋友」という特集が目についた。「老朋友」は「古くからの友人」あるいは「親しい友人」との意味で、4人が取り上げられていた。まず、キューバカストロ前議長、アメリカのキッシンジャー国務長官、そして日本の村山富市元首相、最後がフランスのシラク元大統領である。この国のことだから、中国共産党中央の意向が働いた記事だろう。

4人それぞれをタブロイド版1ページを使って紹介、「中国が好きでたまらない」と題した村山氏の記事は、記者による大分市の自宅訪問記が中心だ。いわく、90歳に近い村山夫妻は元首相というのに警護の人間も秘書も使用人もなしに暮らしている、おまけに、夫人が腰を痛めたので村山氏が自転車でスーパーに通っている、白内障の手術も健康保険の利かない高度なものはやらなかったなどと、同氏の質素な生活に焦点を合わせている。中国の政治家の誰かさんに対する皮肉?と深読みもしたくなってくる。

それはそれとして、記事によると「中国人民の老朋友」(故人も入っているようだが)は世界中に601人いて、うち111人が日本人。アメリカ人の2倍以上だそうだ。へえ〜、そんな国に対して中国共産党は暴力デモを仕掛けたの? なんで今、こんな数字が出てくるの? これも深読みしたくなってくる。

中国共産党尖閣諸島への無理難題を引っ込めることは当分ないだろう。でも、「釣魚島・・・」スローガンの減少といい、村山富市氏を褒める地元夕刊紙の記事といい、わが身辺の風向きは少し変わりつつある気もする。