習近平さんの中国

まず、クイズです。2枚の似顔絵――有名人の顔です。誰でしょうか?


答えを言ってしまうと、中国の習近平国家主席である。実は最近、北京のある大学の美術科の入学試験で「私たちの主席の似顔絵を描け」という問題が出た。この2枚はその答案の一部だそうである。中国版のツイッター「新浪微博」であっと言う間に広がり、かつ、あっと言う間に消えてしまった。この国では「前代未聞」のことだったらしい。これについてのコメントの類も新浪微博で次々に流れた。以下はそのひとつのあらましである。

「入試問題で国家主席の似顔絵を描けなんて、ほんとにびっくりしたわ。第一、わたし、主席の顔なんて、知らないんだもの」

「あなた、CCTV(中国国営テレビ)の1チャンネルのニュースを見てないの? あそこには主席がしょっちゅう出てくるわよ」

「ニュースを見てる暇なんてないわよ。それに、同じ主席なら、習主席より毛沢東主席の方が問題にならないくらいずっと好きよ」

「はっ、はっ、はっ」

なぜ、最後に笑いが出たのか、少し解説が要るかも知れない。実は、今の中国の紙幣は1元札から5元札、10元札、20元札、50元札、100元札(1元≒20円)まで、肖像画はすべて毛主席である。つまり、「習主席よりおカネの方がいいわ」との落ちである。

こんな問題を出した大学当局が中国共産党の中央からどう評価されたか? 国家主席と人民とを近づけるいい出題だと褒められたか、それとも、国家主席を茶化したと大目玉を食らったか。それは知らないが、1年ぶりに中国に暮らして感じた「変化」のひとつではあった。もうひとつ感じた変化は、写真のような「社会主義核心価値観基本内容」という標語をあちこちで見せつけられたことである。

「富強 民主 文明 和諧 自由 平等 公正 法治 愛国 敬業 誠信 友善」の12の言葉で、文明は日本語の語感とは少し違って「礼儀正しい」といった感じが強い。和諧は「調和が取れている」で、敬業は「仕事や学業にまじめに励む」、誠信は「誠実である」「約束を守る」、友善は「仲がいい」「親しい」。これら社会主義の核心価値観は役所はもちろん列車の駅、バス停、学校、そして商店街の電光掲示板・・・それこそ街中の至る所に掲げられている。

以前にもこの種のものはあったが、ひとつひとつがもっと長くて、あまり目立たなかった。それが今は簡潔な表現になって、街を数分でも歩けば、必ず目に入ってくる。おかげで僕でさえ中国語の発音で全部を覚えてしまった。生徒によると、目立ちだしたのは昨年の夏ごろから。そして、以下は二人の生徒の会話である。

「初めてこれを見た時はおかしくて仕方なかったわ。だって、平等だとか、公正だとか、私たちの社会には全くないじゃない? それなのに、なんで、こんな標語をあちこちに飾るのかしらね」

「その理由は簡単よ。共産党の危機感の表れじゃないの?」

とりわけ政治意識が高いといった生徒ではない。そんな彼女たちからこんな会話がさりげなく出てくる。これも「変化」だろうか。ところで、12の言葉の中には「幽黙」(ユーモア)がない。さっきの似顔絵は従来の価値観に基づいてアウトになった可能性も大である。

変化でもうひとつ感じたのは「ご飯を残すな おかずを残すな」とか「勤倹節約は食卓から始めよう」といった標語が目立ったことだ。これも以前からあるにはあったが、こんな標語がレストランからラーメン屋、ビーフン屋にまで張ってある。当地在住の日本人も「確かに最近、増えましたよね」と言っていた。

「48元で食べ放題、飲み放題」の鍋料理の店では食べ残し、飲み残しに罰金を科していた。肉を200グラム残すと20元、300グラム残すと50元、ビールも半分以上残すと2元の罰金とか。前払いの際に予め10元の罰金を徴収し、食べ残し、飲み残しがなかったら、店を出る時にそれを返すというやり方だった。

「勤倹」「節約」も12の言葉の中にはない。ただ、これは習近平さんの反腐敗運動とも大いに関係がありそうで、その意を体しているみたい。最初の似顔絵騒動の折、微博には「習主席は予めこの出題を知っていたのだろうか」とのコメントがあった。「次は習夫人の似顔絵が出題されるぞ」というのもあった。変化はありながらも、やっぱり共産党の上のほうを眺めながら暮らしている人民ではある。