「スマホ決済」全盛の中国を旅して

今回、3年ぶりに大陸の中国に行くにあたって、ちょっと不安があった。それは、この国ではホテルでもレストランでもスーパーでも、今や支払いと受け取りが瞬時で済んでしまう「スマホ決済」が普通で、人民元の「お札」はほとんど相手にしてもらえないという情報だった。とりわけ若者は現金なんか、まったく持ち歩かないとのこと。中国人でさえ、数年日本にいて帰国すると、その変わりように戸惑うそうだ。

おまけに僕はまだスマホなるものを手にしたことがない。使っているのは、いわゆる「ガラケー」だ。2年前に台湾で買ったおもちゃのような携帯電話は、大陸でも使えるだろうけど、スマホ決済には役立たない。

が、案ずるよりは・・・だった。スーパーのレジを眺めていると、たいていの客はスマホ決済だが、現金を出している人もいる。レジの女性は見たところ、嫌がりもせず、お札で釣り銭を渡している。なんとか一人でも買い物ができそうだ。ほっとした。

ただ、現金の通用には「事情」があるとのこと。教え子の一人によると、中国ではスマホ決済が急速に進み、現金を断る店が出てきた。そんなある日、某所のスーパーでおじいさんが8元(1元=16~17円)の品物を買い、レジで10元札を出した。ところが、レジの女性はその現金を受け取らず、スマホで決済するように迫った。だが、スマホを持っていないおじいさんは「じゃあ、払わないで帰るぞ」と怒り出し、喧嘩になった。これがニュースになってネットで流れ、どこかお上のほうから「現金を断ることは、一切まかりならぬ」というお達しが出たそうだ。

なるほど、そのせいか、僕も現金を断られたのは、たったの1回だけだった。海南省海南島)の省都海口市の海南大学の学生食堂で、缶ビールを買おうとしてお札を出したら、スマホ決済でなければダメとのこと。一緒に旅行していた教え子に助けてもらった。この食堂ではどの店もスマホ決済だった。一つの大学の中だから、許されることなのだろう。
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今や屋台でさえ、スマホ決済になっているとも、日本で聞かされてきたが、それは本当だった。写真は桂林での宿舎の近くにあった八百屋さんで、板の上に野菜などを並べただけの店だが、店頭にはちゃんと二つのQRコードが展示してあった。方式にはWeChat payとAlipayの二つがあるからだ。現金もOKだが、八百屋のおじさんは客からスマホ決済を求められれば、商売上、断るわけにはいかない。イヤでも、スマホを持たざるを得ないのだろう。

屋台どころか乞食も・・・という話も本当だった。桂林の歩道橋の上で見た男性の乞食も二つのQRコードを、さっきの八百屋なんかより、ずっと目立つように置いていた。そして、現金を受け入れる鍋もちゃんとその横に置いてあった。写真に撮りたかったが、彼は両足とも膝から先がなかった。さすがに、写真は遠慮した。

笑い話がある。一人の青年が乞食の前に立って言った。「いくらか恵んであげたいのだが、あいにく銀行の口座にはまったく現金が入っていないので、スマホ決済ができない。ポケットには現金があるが、100元札が1枚だけだ。こんな大金を恵むわけにはいかない」

すると、乞食は答えた。「その100元札を私に渡してください。うち、10元だけを私が頂いて、残り90元はスマホ決済ですぐにお返ししますから」。笑い話ではなく、実際に起こりそうなことである。

スマホ決済の普及は社会にいろんな影響を与えているようだ。一つは結婚式のご祝儀――かつては結婚式に出たうえで、現金を封筒に入れて渡していたが、最近はスマホ決済で祝儀を渡せるようになった。つまり、以前なら、結婚式に出られないことを理由に祝儀を免れられたが、最近はそうはいかなくなった。それを狙って、新郎新婦側は当日まで、メールで結婚式の案内状を送り続けるといった話も聞いた。

僕はかねて、中国に来て円を元に換える際には、闇の両替屋を銀行の店頭に呼んで、現金でやり取りしていた。3年前までそうだった。証拠は残らない。厳しく言えば、よくないことなのだろうが、銀行自体が「闇のほうがレートがお得ですよ」と勧めてくれたからだ。その闇の両替も今やスマホ決済でやっているとのこと。証拠はきちんと残る。果たしてそれでいいのだろうか。変な気持ちにもなってくる。

いずれにしろ、僕も次に中国に行く時には、乞食の皆さんに差し上げるおカネくらいは、スマホでやれるようになっていたいなあ、と思っている。