留学先を選ぶ条件

わが塾で日本語を勉強中の大学生の女の子、卒業後の日本留学を目指している。親もOKしている。先般、父親と一緒に親戚の結婚披露宴に出た。親子の座った円卓は10人掛けで、話しているうちに分かったことだが、同席の全員が息子や娘を海外に留学させていた。行き先はアメリカ、カナダ、オーストラリア、そしてタイである。

やがて、話題は彼女の将来のことになったが、「私は日本に留学したいんです」と言った際のみんなの反応が忘れられない。「なんで、そんな馬鹿げたことをするんだ?」「日本留学なんて、やめなさい」。意味が理解できず最初は驚いたが、だんだん同席の人たちの気持ちが分かってきた。

つまり、この人たちが言うには、子供の留学が終わっても、アメリカやカナダ、オーストラリアからすぐに帰国させようとは思っていない。そのまま現地に置いておき永住権を取らせる。そして、いずれは子供を頼りに自由に行き来したい。留学させたのは、そのためでもある。場合によっては家族で子供の留学先、仕事先に移住ということもあり得る。タイの場合は子供が留学で現地にいれば、親が自由に往来できる。それがいいのだそうだ。

「それに比べて・・・」と、同席の人たちの話題は「日本非難」になった。いわく、留学後、子供を日本に残しておいても、永住権を取るのは並大抵ではない。いわく、子供を頼りに自由に往来なんてこともままならない。だから、日本はけしからん、留学先には向いていない、という結論だったそうである。

確かに、例えばアメリカと日本とでは、永住権取得の難易度にかなり差があるようだ。僕は2000年代の前半、ハルビンの大学の日本語科で教えていた。その頃、大学とは別に個人的に日本語を教えた女性がいた。彼女は日本の語学学校に行こうとして2度も申請した。だが、いずれもビザが下りなかった。仕方なく親戚を頼ってアメリカに渡った。すでに20歳を過ぎていたが、英語の勉強のため高校に3年間通った。卒業後ぶらぶらしていたら、渡米して4年で永住権が得られた。今もアメリカに住んでいる。1年ほど前「中国系のアメリカ人と結婚することになりました」と、当地まで訪ねてきてくれた。

一方の日本――ハルビンの大学での教え子で、日本留学後そのまま日本の企業に就職した女性がいる。日本在住は8年目になる。当然、永住権もあるのだろうと思ったら、「人によって申請の条件は異なりますが、私の場合は10年間以上、連続して日本に住み、うち5年間以上は連続して仕事をしていなければ、永住権を申請できません。ちゃんと税金を納めているかどうかも確認するそうです。それに、永住権を得てもいったん出国したら、2年以内に一度戻らないと無効になります」とのこと。アメリカに比べて日本は結構厳しいようである。

いま、中国から各国への留学生の数は34万人で、世界一だという。特にアメリカへの留学生が増え、かの地の大学キャンパスは中国人学生でいっぱいとも聞く。永住権についての先のような事情も働いているのだろうか。でも、日本はもともとアメリカなどのように移民で成り立った国ではない。結婚式の客からアメリカ、カナダやオーストラリア並みではないと非難されても、わが国官憲としては困るというものだろう。

それに、僕の身辺を見る限りでは、留学先としての日本は決して人気がないわけではない。冒頭の彼女は依然、日本に留学するつもりだし、親の意思も変わらない。わが塾にこの夏から通っている、高校を出たばかり男の子二人もそうだ。いとこ同士で、「あいうえお」からの勉強だが、12月の日本語能力試験では一番やさしい「N5級」を受ける。合格したらすぐ日本の語学学校に入り、続いて日本の大学に進む計画だ。伯父が日本でレストランをやっていて、すでに語学学校も決めている。

ハルビンの大学での教え子で留学後そのまま日本にとどまっている連中は少なくない。一人っ子だった女性に留学前「ご両親はさぞ心配だろうね。なんとおっしゃっている?」と尋ねたことがある。すると、「いざという場合に備えて日本に逃げて行けるようにしておいてくれ、と言われました」とのこと。それに応えたのかどうかは知らないが、彼女はずっと日本にいて日本人と結婚し、数年前「男の子をもうけました」と、メールで写真を送ってくれた。

ただ、気になることも出てきた。さっきの「日本在住8年目」の女性。そのうちに永住権を申請するものと思いきや、「ちゃんと年金がもらえるかどうかとか、日本国民自身も将来が不安になってきています。ですから、中国人にとっても、日本はだんだん魅力を失いつつあるのではないでしょうか」と言う。永住権にはあまり興味がなさそうだ。僕は中国人にはアメリカなんかより日本のほうがずっと暮らしやすいし、留学には最適だと思っている。でも、かつては日本が気に入ってくれたであろう彼女からも敬遠されるなんて、ちょっと由々しき事態である。日本国としてなんとかしないと、わが塾の経営にも響いてくる。