「百歳老人」商売

前回の『大気汚染からの逃避行』にも書いた「巴馬(バーマ)」に行った時のこと、鍾乳洞の観光を終えると、ガイドから次の行き先について説明があった。「これから皆さんを100歳以上の老人の所に案内します。本当は巴馬で最年長の129歳のおばあさんの所に行きたいのですが、山の上に住んでいるので無理です。ですから、この近くの115歳のおじいさんの所に行きます。男性では最年長です。長寿の秘訣などを尋ねてください。それから、おじいさんにはひとり10元(1元=16〜17円)の心づけをお願いします」。あとで少し詳しく書くが、この巴馬は100歳以上の老人が多く、「五大世界長寿の里」のひとつと言われているそうだ。

それにしても、ひとり10元の心づけとはかなりのものだ。このツアーバスには50人が乗っているから、10×50 〆て500元。もちろん、おじいさんひとりの収入にはならないし、ガイドや運転手と山分けするのだろうが、悪い「商売」ではない。いささかせこいことを考えていると、バスが止まった。

バスを降りると、よく日焼けしたおばさん5〜6人が寄って来た。「3個1元、3個1元」と叫んでいる。手には小さな紙の袋を持っている。分かった、これから行く115歳のおじいさんに心づけを渡す時の祝儀袋だ。でも、わざわざそんなものを買う必要はないだろう。おじいさん宅に向かって歩いていると、「百歳老人」と一緒に写真を撮りましょう、なぞと書いた建物があった。間違いなくおカネが要るのだろう。やがて、おじいさんの家に着いた。家の前には「百歳老人」の表示があり、おじいさんの姓名や生年月日、写真が貼ってある。

家の戸口は開けっ放しで、けっこう広い。土産物屋もやっているようだ。お茶とかが積み上げてある。おじいさんは木製の長椅子にひとりで座っていた。バスツアーの仲間たちが次々に寄って行って、握手をしたり、写真を撮ったりしている。中国の前の首相の温家宝氏もやってきたみたいだ。おじいさんと握手している写真が壁に飾ってあった。少し離れた所に別のおじいさんがひとりぽつねんと座っていた。聞くと、息子だそうで84歳。この家は「5代」が一緒に住んでいるとのことだった。

僕は目ざとく見つけたのだが、おじいさんの前のテーブルの下には、さっきバスを降りた時におばさんたちが売りに来たのと同じような祝儀袋が積んである。用意のいいことである。僕は写真も撮ったことだし、10元くらいはおじいさんに包んでもいい、と思っていた。でも、見渡した限りでは、心づけをあげている人は誰もいなかった。僕もつい渡しそびれてしまった。

誰が巴馬を「五大世界長寿の里」のひとつなんて言い出したのだろうか。町の玄関口には「1991年に国際自然医学会から『五大世界長寿の里』と認定され、2003年には100歳以上の割合が五大長寿の里のトップになったので、国際自然医学会から『世界長寿の里』の証書を授与された」と掲げてあった。へぇ、「国際自然医学会」ってなんだろう? あとで調べてみたら、東京の森下敬一さんというお医者さんが会長を務める団体で、森下さんは医院を開く傍ら長寿の研究をしており、巴馬にもやって来た。そして、人口10万人当たりの100歳以上の割合が高いからと、「五大世界長寿の里」と命名したのだそうだ。さっきの掲示には「巴馬の人口24万に対して100歳以上は現在81人」と書いてあった。ただし、人口から見て、これは少し以前の数字のようだ。

ところで、ギネスの「世界の長寿者10傑」などには巴馬の老人たちは全く登場してこない。ギネスでは今、116歳の日本の木村次郎右衛門さんが1位である。巴馬の山の上に住む129歳のおばあさんなどは、これが本当ならダントツの1位であるが、ギネスからは相手にされていない。生年月日に疑問があるのだろうか。

巴馬に行った時はちょうど田植えの頃だった。上の写真がそうなのだが、田植え機なんてものは全く見掛けない。どこでも腰を90度に曲げて苗を1本ずつ植えている。日本の50年、60年以上も前の風景である。今の日本でこんなことをしているのは(写真で見ただけだが)天皇陛下ぐらいではないだろうか。かくも過酷な労働を乗り越えての100歳以上・・・それはそれでお見事なのだけど、帰りのバスの中でうつらうつらしながら考えた。じっと座っていて他人から心づけをもらう。こんな「商売」をなんと呼ぶのだろうか、と。そう「乞食」である。さっきの115歳のおじいさんは自分でそれをやりたい、と考えたのだろうか。多分そうではあるまい。周りから無理やりやらされているのではないだろうか。愛想もよくしないといけない。何か気の毒な気がした。

ここでは「百歳老人」という言葉そのものが商標になっている。これを付けた穀類や麻の油(きれいな大気や水と並んで、麻の油が長寿のもととか)などが土産物として売られている。長寿の老人で村おこし、町おこしと言えば納得できないわけでもない。でも、なにかすっきりとしない「長寿の里」であった。