水のない川、体を包み込む大気汚染

わが南寧在住の知人の女性が春節旧正月)を挟んでしばらく、鄭州にいる息子のもとに行っていた。鄭州河南省省都で、人口1000万ほどの大都会である。僕も昔、仕事で何回か行ったことがある。郊外を黄河がとうとうと流れていた。名前の通り、黄色く濁った水ではあるけれど、雄大そのもの、ああ、これが中国か、と胸を打つものがあった。その黄河を観光客を乗せた小さな船が行き来していた。僕も乗った。以下は知人の女性の「土産話」である。写真も見せてくれた。

鄭州に来たらまずは黄河見物と、さっそく出掛けてみましたが、川には全く水が流れていませんでした。がっかりです。一面、黄色い土ばかりなのです。上流に出来たダムのせいもあるようで、川底からは土ぼこりが立っています。もっとも、黄河に完全に水がないわけではなく、息子の話だと、わずかな水を支流にため、観光客を船に乗せているそうです。下の写真がその黄河の「本流」です。橋の先の方は土ぼこりかスモッグかでよく見えません。

鄭州の市内にもけっこう川がありますが、それらにも水が流れていません。橋から眺めると、川底のやはり黄色い土だけが目に飛び込んできます。下の写真がそうした川のひとつです。鄭州には1カ月ほどいましたが、水が流れている川は一度も見られませんでした。

鄭州は南寧よりずっと大きな都会ですから、大気汚染も南寧よりひどいはずだと覚悟していましたが、想像をはるかに上回りました。息子のいるマンションの隣のビルがいつも霞んでいます。と言うより、窓ガラスの外側には大気の汚れがこびりついていて、外がよく見えないのです。街を歩く時は、大げさではなく足元に注意しないと危ないです。南寧の大気汚染は、少し離れた所にあるビルが霞んでいるといった程度でしたが、鄭州では自分の体が汚れた大気にすっぽりと包み込まれているような感じです。体を包み込んでいるものは全く違いますけど、ちょうど湯気でいっぱいの浴室にいるような気がします。大気汚染のひどい日には、人々はバイクやスクーターに乗るのを避けているそうです。

どうして、こうまでひどいのか、私なりに考えてみました。河南省はもともと細かい土ぼこりの多い土地柄です。そこへ、川が干上がってますます土ぼこりが増え、それに工場や車の排気ガスが加わって、相乗効果を起こしているようです。鄭州にいる間、私は外出から家に戻った時には、まず入り口で帽子からコート、上着、ズボンを全部脱ぎ、タオルで汚れをはたいた後、大きな袋に入れるようにしていました。次の外出時にはそれらを出して、また身につけます。外出用と室内用の衣類をきちんと分ける、ささやかな自衛策です。マスクは1回の外出で黒くなります。目も痛いですが、つぶるわけにもいきません。

こんな鄭州ですが、天津からやってきた親類の人が言うには「天津よりはまだ増しだ」とのこと。天津は北京と接していて渤海に臨む大都会です。別の天津の知人からは電話が掛かってきて「台湾に留学中の娘が春節で戻ってくるなり、咳き込みだし、熱を出した。鼻血もなかなか止まらない。早く台湾に戻さなくちゃ」と言っていました。大気汚染との因果関係ははっきりはしませんが、なんらかの影響はあるのでしょうね。そう言えば、息子も出勤前に鼻血を出し、止まらなくて困ったことがあります。

鄭州で息子の勤め先を訪ねてみました。出てきた女性マネジャーが「今日はほんとにいい日にいらっしゃいました。空気がこんなに奇麗で・・・」とおっしゃいます。でも、私から見ると、とんでもない、確かに普段よりは増しですが、南寧と同じ程度のスモッグに覆われています。どうやら、南寧と同程度だと、こちらでは「奇麗な空気」の範囲に入るようです。所変われば・・・といったところでしょうか。

鄭州の大気汚染には「いい面」もあります。以下は私と同年輩の女性から聞いた話です。「寒い日に夫と外出していて途中、トイレに行きたくなり、トイレのあるスーパーに寄りました。ところが、春節でスーパーは休んでいます。さあ、困った、近くにトイレはありません。すると、夫が道路脇の並木を指差して『あの陰でしてきたら? 見えないから』と言います」

「えっ、女性の私が・・・と思いましたが、幸い広い道路で、並木が幾重にも並んでいます。歩道からもっとも離れた並木まで10メートルほどあるでしょうか。そこまで行って、歩道で張り番をしてくれている夫を見ると、姿がぼんやりと霞んでいます。顔などは全く分かりません。ああ、これなら大丈夫と、安心して並木の根元にしゃがみ、用を足しました」

中国ではいま大気汚染のほか役人の腐敗、貧富の格差拡大が大きな問題になっています。でも、腐敗や格差はまだしばらく放っておいてもいい、我慢もできる。大気汚染だけは急いでなんとかしてほしい、いや、なんとかしなくちゃ。そう痛感した春節鄭州滞在でした。