日本の土産 中国の土産

東京のホテルのフロントに40歳前後の中国人女性がそれこそ血相を変えてやってきた。「すみません、ジャガイモの皮むき器はどこに行けば買えますか?」。まもなくチェックアウトする予定の北京からの宿泊客である。空港へのバスの出発時刻まであと1時間余りしかない。フロントの女性が「デパートに行けば、あるはずです」と、歩いて10分ほどのデパートへの行き方を紙に書いて渡した。女性客はそれをひったくるようにして飛び出して行った。

やがて戻ってきた女性は「ありがとう、ありがとう。ほんとに助かりました」と繰り返し礼を言う。聞くと、彼女は自分に必要なものは食器を中心にバッチリと買い揃えたが、伯母から強く頼まれていた「ジャガイモの皮むき器」だけはすっかり忘れていた。チェックアウト寸前に思い出し、真っ青になったと言うのだ。

ジャガイモの皮むき器ごときをなんでわざわざ日本土産に?と思うのだが、日本製の皮むき器は極めて性能が優れているそうだ。そう聞いてデパートの台所用品売り場を覗くと、「ピーラー」と称するこの種のものは実に多彩だ。ジャガイモの皮むきだけではなく、タマネギのスライス、キャベツの千切りまでもできたりする。ジャガイモの「芽取り」なるものも付いている。それに、ジャガイモの皮が薄くむけるのも日本製の特徴だそうだ。そう言えば、中国で僕は中国製の皮むき器を使ってきたが、ジャガイモの皮が厚くむけてしまい、1割かそこら本体が目減りしてしまう。もったいないなあ、と常々感じていたことだった。

どんどん増える中国人の観光客――そして、とにかく買い物には目がなく、どうやって調べるのか、情報にも詳しい。東京の上野の近くに値段は安いのに商品の質がいいという評判の店がある。食料品から衣類、家電、薬、化粧品、靴、家具などデパート以上の品揃えで、僕もよく利用しているが、いつも周りから中国語が聞こえてくる。先日も食料品売り場に夫婦らしい中国人客がいた。「安い、安い」を連発しながら、まさに手当たり次第に食料品をかごに放り込んでいる。靴下の売り場では中国人女性客がパンティーストッキングをわしづかみにして、やはりかごに入れている。値段なんか全く気にしていない感じである。化粧品売り場にも中国人客がたむろしている。

支払いは現金ではなくほぼ決まって「銀聯カード」という名の中国のカードだ。最近の大幅な円安、つまり人民元の大幅高に加えてカードでの支払いだから、気持ちも大きくなろうと言うものだ。中国人客の多いホテルで聞くと、郵便局の場所を尋ねる中国人客が目立つそうだ。買い込んだ土産をまずEMS(国際速達郵便)で中国に送る。さらに買い増した分は手に提げて持って帰る。しょうゆ、塩、マヨネーズなど「1年分の調味料を買い込みました」と話す中国人客もいる。

土産を買い漁るのは旅行客に限らない。ハルビン出身で日本で働いている20歳代の青年。次々に親類から頼まれ、帰郷するたびに炊飯器を抱えて行く。もちろん、カネは相手が払うのだが、飛行機に乗る折には大きな箱に入った炊飯器を手で抱えていなければならない。若い男の子だけに「もう、恥ずかしくて仕方がありません」。日本の炊飯器が恨めしそうな口ぶりでもある。

日本製炊飯器の評判は中国で定着しているようだが、粉ミルク、哺乳瓶など赤ちゃん用のものも近頃は日本土産の中心になっている。この前、中国から日本に戻ってくる時、上海―大阪の船中で一緒になった上海在住の60歳代の中国人女性。大阪に姪がいて、今度で3度目の日本旅行だが、「息子の妻がいま妊娠6か月です。今回は孫のために粉ミルク、哺乳瓶から衣類までどっさりと買い込んできます。あ、そうそう、嫁のためにも体にいい食料品を・・・」と張り切っていた。

以上はお金持ちの中国人に限った話ではあろうが、皆さんの「日本土産」でわが国も潤うのだから、ご同慶の至りである。一方で、僕が近年、困っているのは、日本に帰国する折の「中国土産」である。素直に喜んでもらえるものが少ない。東北地方(旧満州)出身の生徒がいて、特産のキクラゲや朝鮮人参を託してくれることがある。これは喜ばれるのだが、いかんせん一般的ではない。「毒ギョーザ」事件以来、とにかく中国製を嫌う風潮もあって、土産に困るのはなおさらである。

そんな中で、まあ喜んでもらえるのが、石に彫った印鑑だった。日本で作ればかなり高価なものになるが、中国でだと30元かそこら。1元=17〜18円という円安の最近でも数百円のお値打ち品だ。僕が桂林から南寧に移ってからも観光地の桂林の印鑑屋で作らせていた。ところが、最近はその印鑑屋が廃業したり転業したりで見つけられなくなってきた。理由は簡単。この種のもののお得意さんはもっぱら日本人観光客なのだが、反日デモや「尖閣諸島」以来、その観光客がめっきり減ってしまい、商売が成り立たなくなったのだ。

日本も儲かる、中国も儲かる――双方が得をする「ウィンウィン」の関係というのは、なかなかに難しいものである。