トイレの行列

休日、混み合う東京の百貨店でトイレに行った。男性用の「小」の前に10人ほどの割合に長い行列ができている。僕の前にいたおじさんたちが「男性用トイレでこんなことって、初めてだなあ」とつぶやき合っている。でも、僕の感じでは最近、百貨店でも電車の駅でも、男性用トイレの「小」の前の行列が目立ってきたみたい。しかも、少しずつその行列が長くなってきている。そうではないだろうか? 統計を取ったわけではないけれど、そんな気がする。

東京・池袋に「新文芸座」という映画館がある。邦画を中心に少し古い映画を普通2本立てで、しかも原則日替わりでやっている。僕も時々行くが、年配の客が多くて結構混み合っている。それも、おばあさんよりもおじいさんの方がずっと多い。そして休憩時間。男性用トイレの「小」の前には数十人の行列ができる。しかも、次から次へと後続の人たちがやって来るから、行列の人数はなかなか減らない。いわゆる「朝顔」は5つだったか、6つだったか、15分かそこらの休憩時間では、とても需要をさばき切れない。

場内放送が流れる。「次回作品の上映時刻になりましたが、男性用トイレの行列がまだ続いていますので、上映時刻を5分、遅らせます」。

実に臨機応変である。ちなみに、この映画館では女性用トイレに行列ができることはまずないみたいだ。こういう場所では女性用トイレの長蛇の列が一般的だが、ここでは女性の観客が比較的少ないおかげだろう。

もう、ふた昔は前になろうか、某ミニコミ誌に月1回、やはり『なんのこっちゃ』という題でコラムを連載していた。そこに「この世の中、男よりも女の方がずっと楽しそうだ。飲み屋に行ったら『女性限定、飲み放題、歌い放題、○○○円ぽっきり』なんてのもある。来世、男にでも女にでも生まれ替わることができるのなら、ぜひ女になりたい。でも、女になったら、ひとつだけ嫌なことが待ち受けている。それはトイレの行列である。あれだけは我慢できない。この問題が解決されるまでは、女に生まれ替わるのは遠慮したい」と書いたことがある。

その状況は20年経っても未解決のままである。映画館「新文芸座」の女性用トイレは特別の場合で、百貨店や駅、ホールなどの女性用トイレではよく行列ができている。せっかくのおめかしとトイレでの行列とは全く似合わない。まことに申し訳ない気持ちになる。これは人権問題でもあると僕は思っている。

ちなみに、中国でも女性用トイレの行列は似たり寄ったりだ。去年の国慶節(建国記念日)の休みにわが塾の女性の生徒が初めて上海を旅行してきた。その土産話に曰く、「どこでも女性用トイレの行列が大変でした。長い時は30分近くも並ばされました。ですから、なるだけトイレに行かなくても済むように、上海にいる間は水分を控えていました」。楽しみにしていた上海旅行の最大の思い出がトイレでの行列であったようだ。

閑話(と言っては、わが生徒に失礼だけど)休題。男性用トイレの「小」についての僕の観察が正しいとすれば、何が背景にあるのか。それはやはり「高齢化」ではないだろうか。故赤瀬川原平氏に言わせれば「老人力」であろう。つまりトイレの近い男性が増えてきたために、需給が逼迫し、勢い行列が生まれてきた。新文芸座でも若い男性客が多ければ、上映時刻を遅らせたりする必要は生じないのではなかろうか。ちなみに、中国では僕はまだ「小」の前で並んだ記憶がない。かの国も高齢化が進んでいるが、日本よりはまだまだ若い人が多いのだろう。

東京・赤坂に「S」という有名なホールがある。音楽会がよく開かれ、外国の大統領が演説したりもする。20年前、このホールの持ち主から「女性をトイレで行列させるなんて、まことに失礼で、あってはならないことです。その点、わがホールはたっぷりと女性用トイレを設けているので、行列なんてできません」と聞かされ、えらく感心したことがある。

ところが、今インターネットで「Sホール」「女性用トイレ」を検索してみると、「Sホールにはよく行くんだけど、女性用トイレはいつも大行列で、お気の毒だ」なんて文が出てきたりする。女性の場合もお年を召せばやはりトイレが近くなるだろう。Sホールが女性用トイレの数を減らしたとは考えられないから、女性の場合も男性同様、高齢化や老人力が背景にあり、トイレの行列が年々長くなってきているのではないだろうか。

となると、わが日本、少なくとも東京は男性用も女性用も公共のトイレの「逼迫度」が増してきているのではないか。2020年には東京オリンピックがある。それに向けてのインフラ整備の際には「トイレ」の増強が必須である。大勢やって来る外国人客から「東京オリンピックの最大の思い出はトイレでの行列だった」なんて言われたくはない。