中国のビザ 日本のビザ

実は先月から「避寒」と称して、中国は広西チワン族自治区の梧州という町で暮らしている。去年から今年にかけてもここで過ごした。大河が流れ、かつては水運の要衝として栄えた、なかなかに趣のある町である。それはそれとして、ここに来る前、日本でビザを申請したら、中国政府の方針が様変わりに厳しくなっていて、面食らってしまった。

1年前に来た時は、2年間有効の「多次(マルチ)」のビザ――つまり、この間なら何回でも中国を出たり入ったりできるビザを持っていた。「1回限り」のビザなら、有効期限が90日あるいは180日あっても、その間に1回中国を出れば無効になってしまう。その点、多次ビザは圧倒的に便利だ。だが、有効期限がこの春先に切れてしまった。そこで、費用はいささか掛かるけれど、こいつをまた手に入れようと、東京都内にある中国人経営の旅行代理店に出かけた。

ところが、顔見知りの中国人社員が言うには「ああ、あれは今年の初めになくなりました」「えっ、どうして?」「なんでも不法就労する外国人が増えたせいです。外国人と言っても、アフリカ人が多いそうですけど」。このビザは仕事に就くためのものではなく、僕は「観光」を目的にしていた。「就労は駄目ですよ」とも念を押されていた。なるほど、世界第2位の経済大国になった中国へは、「就労」を目的に、表向きは「観光」などでやってくる連中が増えてきているらしい。

2年間の多次ビザが無理なら仕方がない。じゃあ、観光が目的の90日のビザで行こう。これはすぐに出るのだけど、代金が2万円以上もする。2年間の多次ビザを使うようになるまでは、やはり観光目的で180日のビザを取っていたが、代金は1万円ほどだった。いつの間にか暴騰している。

おまけに、180日のビザも今はなくなったとか。以前はこの6カ月のビザで中国に行き、塾で5カ月間ほど教え、夏休みと冬休みにいったん帰国する、次にはまた6カ月のビザを取って・・・というパターンだった。「就労」と言われるかもしれないが、給料は全くもらっていなかった。塾の赤字分は僕が年金で補っていた。言わば、ボランティアなのだが、今後はこういうこともできなくなった。

今回、僕が中国に来る前、北京から教え子の男性がふらりと日本にやってきた。教え子と言っても50歳代、彼が桂林の日系企業で役員をやっていた時にしばらく日本語を教えていた。で、彼が言うには、観光目的で「5年間」の多次ビザをもらってきたとのこと。エッ、そんなの、ありなの? 中国政府は僕に「2年間」のビザさえくれないのに、日本政府はなんで中国人のこの男に5年間のビザを与えるの? 不公平が過ぎるのじゃないか。

ただ、日本政府も中国人なら誰でも5年間のビザを与えるわけではない。彼は北京その他にマンションを何軒も持つ大金持ちである。だから、厚遇を受けられたのだ。日本政府が中国人に5年間のビザを与える条件を調べてみた。中国のある旅行代理店の案内によると、まず、年収は50万元(1元≒19円)以上で、給料の6カ月以上の明細書が要求される。これにはそれほど驚かないけど、預金が200万元以上、つまり3800万円以上必要で、しかも通帳には3カ月以上、その金額がずっとなければならない。所有する不動産や自動車、株式、金融商品は「多ければ多いほどよろしい」と、旅行代理店の案内にあり、地獄の沙汰もなんとやらといった趣である。

こんな日本政府もごく普通の中国人に対しては甘くはない。日本人の僕らが中国を旅行する場合、15日以内ならビザは要らない。パスポートさえあればOKだ。ところが、普通の中国人が日本で15日以内の旅行をしようとしたら、そうではない。ビザが要るし、それをもらうためには何かと条件がある。やはり、中国の旅行代理店の案内を見たら、パスポート、それも古いものがあれば、それも一緒に出すほかに、警察の出す身分証、日本の住民票に当たる戸口簿、在職証明書、勤め先の営業許可証、それに5万元の銀行預金の証明書、不動産の所有証明書、運転免許証――どうしてここまで必要なの? そう思うくらいうるさい。

僕ら日本人がちょっと数日、中国へ行ってこようと思ったら、パスポートがあって飛行機のチケットさえ取れれば、やや極端な話だけど、その日のうちにでも可能である。ところが、普通の中国人の場合は数日の日本旅行でも大仕事である。なんかいじめているんじゃないの? これも不公平が過ぎるのじゃないのか。

それでも、中国人へのビザ発給の条件は随分と緩和されてきているらしい。でも、お互いにもうちょっと行き来しやすくしてほしい。人民元高、円安の今、中国人がそうそう日本で不法就労したがる時代でもない。15日くらいならノービザでもいいだろう。条件を付けたければ「日本語能力試験2級以上の合格者に限る」なんてのは、どうだろうか。日本語を勉強する中国人が増えるかも知れない。また、日本人にとっても中国は不法就労したいような土地柄でもない。僕に5年のビザを出してほしい。互いにそうそう目くじらをたてることはないのではないだろうか。