聞き書き「デイサービス」よもやま話 その2

[娘が怖い!?]

週に4回来て入浴する80歳代の男性の話です。娘さんと同居していますが、食事や洗濯は自分でやっています。と言っても、食事は冷凍の弁当をレンジで温めるだけだそうです。介護保険を利用できる単位が限られているため、自宅にヘルパーは呼べません。また、年金の通帳や財産は娘さんが管理しています。

ある日、入浴の折に体に4か所もあざがあるのに気づきました。聞くと、「家で転んじゃった」と言います。「じゃあ、看護師を呼びます」と伝えると、「うるさい!! 黙っとけ」と怒ります。でも、利用者に少しでも不審なことがあれば、施設に報告する義務がありますので、看護師を呼びました。

看護師が男性に「正直に言わないと、娘さんを呼びます」と言うと、男性は「シーツを汚したので、娘にたたかれたんだ」と白状しました。看護師によると、この男性はしょっちゅう娘さんに殴られているんだそうです。看護師が出て行ったあと、男性は「娘が怖いんだ。早く死にたいんだよ」と、つぶやいていました。

次は、生活のあらゆる場面で介助が必要な「要介護5」に認定されている70歳代の女性です。40歳代の娘さんと暮らしていて、亡夫のおかげで経済的には困っていないようです。毎週、施設が休みの日曜日以外の6日間、入浴などにやって来ます。毎朝9時ごろ、施設のワゴン車が迎えに行くと、パジャマ姿の娘さんが車いすの母親をそれこそ放り投げるようにして家から出すそうです。その彼女からはいつもひどい臭いがします。一晩中、おむつの交換をしていないのです。

ちなみに、介護保険では支援、介護の程度が軽いほうから順番に「要支援1、2」「要介護1、2、3、4、5」というふうに認定されます。

彼女が来ると、施設ではすぐに入浴させ、着替え、トイレ、昼食、おやつ、歯磨きの世話などをして夕方、洗濯物を持たせて自宅に送り届けます。ワゴン車の運転手の話だと、娘さんは母親の汚れ物の洗濯をするのも嫌で、洗濯も施設でやってくれないかという話を持ち掛けたことがあるそうです。

去年までは彼女が施設に来るのは週に3日間だけで、残った単位でヘルパーを自宅に呼んでいました。ところが、娘さんは母親が自宅にいるのを嫌がり、今年からは毎日、つまり週に6日間、施設に送るようになったそうです。

本当に気の毒な女性なのですが、彼女自身、施設での評判はあまりよくありません。たとえば毎日、あれこれと要求します。「肩をもんでくれ」「背中をかいてくれ」「湯につかる時間が短い。もっと長くしてくれ」「おやつが硬い。ほかに何かないか」などです。そして、いくら優しく世話しても、「ありがとう」とは絶対に言いません。それどころか、「ここはカネ儲けばかりだ。いい加減にしろ」「こんなところ、そのうちにつぶれるよ」と騒いだりもします。

ある日、彼女が私に「毎日、施設に来るのは疲れる」と文句を言います。いいチャンスだと思って「そうでしょうね。じゃあ、娘さんと相談して、来る回数を減らしましょう。お家でゆっくりされたほうがいいですね」と持ち掛けました。すると、あわてて「いやいや、あたしはこっちが楽しいの。頼むよ」と言って静かになりました。やはり、娘さんが一番怖いのでしょう。夕方、見送ったら、車の中から手を振ってくれました。こんなこと、初めてです。彼女と仲良くなれそうです。

相当な資産家で、自分のマンションに娘さん夫婦を住まわせている80歳代の女性。彼女が亡くなれば、マンションは娘さんのものになります。彼女は事業家でもあったそうですが、今は足のしびれ、冷え性、高血圧など様々な症状を抱えていて、「要介護2」です。息子さんもいますが病弱で、遠くで妻との2人暮らしです。彼女は私と会う度に家族のことをいろいろと話します。

例えば、今のうちに財産を娘と息子に分けておきたいと思っているのに、娘が大反対していると言います。病弱な息子が死ねば、財産はその妻のものになってしまう、赤の他人に財産は渡せない、というのがその理由だそうです。

また、20年ほど前、夫が他界したあと、ある事業を始めようとしたら、娘夫婦から「勝手なことをしたら、縁を切る。老後の面倒を見ない」とまで言われ、あきらめたそうです。彼女は「娘が私の人生を壊してしまった。娘に言いたいことはたくさんあるけど、すぐ怒鳴りつけるので、何も言えない」とぼやいています。彼女の冷え切った手足をさすってあげる以外、私は何もしてあげられません。

まだまだ元気な80歳代の男性2人が一緒に浴槽につかっています。会話を聞くともなしに聞いていると、「気持ちいいなあ。このまま死んでしまえたら、いいだろうなあ」「そうしたら、娘が喜ぶだろうなあ」「そう、本当だね」。のんびりとした会話でしたが、私は背筋が寒くなりました。

ところで、息子さんやそのお嫁さんを怖がったり、あるいは、悪口を言ったりする利用者には、不思議というか、まだお目にかかったことがありません。