台風との「運不運」

9月には台風15号が千葉県に、10月には19号が静岡県伊豆半島に上陸し、関東を中心に猛威を振るった。とりわけ19号は東北での被害も大きかった。僕の住まいは埼玉県川越市だから、何らかの被害が出ても仕方ないのだが、どちらの折も全くの無傷だった。停電にも遭わなかった。

ただ、19号の時は、わが家から100メートルほどのところを流れる川が氾濫するのでは、とヒヤヒヤした。台風が上陸する前に川を見に行くと、早くも濁流が渦巻き、水面は堤防の最上段にあと1メートルほどに迫っていたのだ。

この川は「小畔川」といい、いつもの水面の幅は10メートルほどに過ぎないが、一応「一級河川」である。清流とまでは言えないものの、普段は子供たちが水遊びに興じたり、釣り人が糸を垂れたりしている。桜並木の堤防もある。

濁流を見た後はあわてて家に戻り、ネットで「小畔川の水位情報」というのを検索した。グラフで10分ごとの水位が示してある。すると、わが家よりもずっと下流で測ったものだが、現在の水位は3.60メートル、「避難判断水位を超過」とある。あれ、あれ、大変だ。でも、グラフには「氾濫危険 4.20メートル」という表示もある。氾濫までにはまだ少し余裕があるようだ。

その後、頻繁に水位の変化を調べた。たまには少し下がったりもするが、ほぼ上昇を続け、夜の10時半ごろには4.23メートルにまで上がっている。ああ、もう駄目かもしれない。床下か床上の浸水は覚悟しておいたほうがいい。大切なものを2階に上げ始めた。

夜の11時ごろだったろうか、窓を開けてみると、雨がやんでいる。今度の台風は暴風とともに「かつて経験したことのない大雨」がキーワードなのに、なんとしたことか。雨だけでなく、風も収まっている。

ひそかな期待を抱いて、またネットで小畔川の水位を調べた。すると、調べるたびに少しずつ水位が下がっていくではないか。未明には4メートルを切った。窓の外も静かだ。もう大丈夫だろう。安心して床についた。

翌朝、台風一過の雲一つない青空を眺めてから、テレビをつけると、「川越市で越辺川の堤防が決壊、特別養護老人ホームが孤立」というニュースが流れていた。決壊による浸水はかなりひどそうだ。

実は、この越辺川だけど、わが小畔川の下流にあたる。上流では無事だったのに、同じ市内にある下流で堤防が決壊した。「運不運」で片づけては叱られるかもしれないが、僕が幸運だったのは間違いない。そして「雨がやんだ、水位が下がり始めた」くらいで寝入ってしまうなんて、いささか軽率だった。あとで何が起きるか分からないのに……。ちなみに、越辺川は入間川に合流し、入間川東京湾にそそぐ荒川に合流している。

話は変わるが、15号台風では、千葉県市原市でゴルフ練習場の鉄柱13本が倒れ、かたわらの住宅十数軒の上に覆いかぶさった。きっと、すさまじい暴風が吹いたのだろう。当然、現場近くの他の住宅も大きな被害を受けたはずだが、そんな報道はない。やじ馬みたいで申し訳ないのだが、実際はどうなのか。それが知りたくて台風の2週間後、現地に行ってみた。下の写真が、鉄柱が倒壊した現場である。近くの家々を見て回った。
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ところが、どこも屋根瓦は傷んでいないし、見たところ、全く無傷である。それはそれで結構なのだけど、鉄柱を倒すほどの暴風のもとで、いったいどうしたことだろうか。近くの家の前で年配の女性が立ち話をしていたので、尋ねてみた。すると、「台風って、進んでいく『道』があるようです。その道の先にあの鉄柱があったみたいです」と話してくれた。

なるほど、台風のことはよくは知らないけれど、風速40メートルくらいの強い風があの鉄柱に突き当たった、一方、近くの家に吹きつけたのはそれほどには強くない風だった。そういうことなのだろうか。科学的な真偽は別にして、この住宅街の家々にも「運不運」があったようである。

今年の台風15号、19号、去年西日本を襲った21号など、最近の台風はより凶暴化し、その数も増えている。地球温暖化で海水の温度が上がり、それが台風のエネルギーとなっているのだとか。19号なぞは日本列島全体を覆うような大きさだった。来年以降も毎年、このクラスの台風がやってきそうである。
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上の写真は、19号が去った夕方、ほぼいつもの姿を取り戻したわが小畔川である。これからも氾濫を起こさないでくれるだろうか。いや、運にばかり頼ってはいられない。今後は氾濫や堤防の決壊、そして床下浸水あるいは床上浸水を覚悟しておかなければいけない。風に対しても、これまで通りの対処では心もとない。そんな気がするのである。