7月8日 安倍晋三氏が撃たれた

7月8日の昼前、暇人の僕は自宅で新聞を広げながら、元首相の安倍晋三氏のこと、そして日本の政治のことをぼんやりと考えていた。いや、新聞に同氏のことが載っていたからではない。僕が読んでいたのは、英国の首相ジョンソン氏が辞任するという記事だった。新聞の見出しには「ジョンソン英首相、辞任へ 不祥事・虚偽説明に批判」とあった。

なんでも、同氏はコロナ対策で集会が禁じられていたロックダウン中に、官邸が繰り返し開いたパーティーに出席していた。それが明るみに出た後の議会に対する説明は二転、三転し、逃げ腰の姿勢が目立った。また、過去に痴漢行為をした党幹部を要職につけ、任命責任を問われた際も、過去のことは「知らなかった」と弁明したが、実際はちゃんと知っていた。つまり、ジョンソン氏のこうした「故意に議会を欺いた不誠実さ」が仇となった。同氏の辞任表明の前日7日までに財務相、保健相など50人超の政権幹部が氏に抗議して辞任し、政権の運営がままならなくなってしまったのだ。

この記事を読んでいて、安倍晋三氏のことが自然と頭に浮かんだ。森友学園加計学園の問題、そして首相主催の「桜を見る会」の前夜祭の問題……これらについて、同氏が国会に対して誠実だったとはとても思えない。ジョンソン氏と五十歩百歩であろう。

前夜祭では、その費用を誰が支払ったかが問題になり、公職選挙法政治資金規正法、公文書管理法などとの関連で追及されたが、これに対する安倍氏の国会での「虚偽答弁」は118回にのぼっている。だが、わが国では、安倍政権の幹部がこれらに抗議して続々と辞任なぞという話は全くなかった。安倍氏の妻が関わる森友学園に国有地を値引きして売却した問題でも、安倍氏の「私や妻が関係していたことになれば、首相も国会議員も辞める」との国会答弁に合わせてか、売却の経緯を記した公文書が改竄(かいざん)されている。政権幹部が辞任するどころか、率先して「臭いものにふた」に努めている。

同じく民主主義の国とは言っても、英国と日本では随分と違うなあ。悔しいけど、英国のほうが上みたいだ。安倍氏はもう一度、首相になりたいようだから、ジョンソン氏辞任の経緯を詳しく知っておいた方がいいのでは……そう思いながら、正午のニュースでも見ようと、テレビのリモコンを手にした。すると、民放もNHKも大騒ぎしている。奈良市参議院議員選挙の応援演説中だった安倍氏が撃たれた直後だった。同氏はすでに心肺停止とのこと……慌ただしくチャンネルを切り替えながら、深夜までテレビに釘付けになった。

理不尽な凶弾に倒れた安倍氏に対しては、謹んで哀悼の意を表するとともに、ご冥福をお祈り申し上げる。ただ、安倍氏は政治家であり、それも通算して歴代最長3188日も政権の座にあった人だから、当然「功」も「罪」もある。罪の筆頭格は先ほども書いた「モリカケサクラ」だろう。安倍氏の衝撃的な死去の後、新聞がそれらをどう報じるかに興味があった。翌朝、僕は朝日、毎日、読売、日経、産経、東京の各紙を読み比べた。

ほぼ予想通りだった。「功」をそれなりに伝えながらも、「罪」も見出しを立てて報じたのは、朝日、毎日、東京の3紙で、あとの3紙はもっぱら「功」一色といった感じ。なかでも読売は「首相退任後も中傷続く」「批判先鋭化・演説を妨害」と、安倍批判を逆批判している。ちなみに中傷とは「根拠のないことを言い、他人の名誉を傷つけること」である。モリカケサクラについても読売は「説明が不十分だった」と、安倍氏に優し過ぎる。

よく知られているように、安倍氏の祖父は岸信介・元首相、父は安部晋太郎・元外相で、安倍氏は3代目、世襲の政治家だった。また、安倍氏は「山口4区」選出の衆議院議員だったから、いずれ補欠選挙が行われる。どんな人が立候補するのだろうか。わが国の政界、特に自民党ではこれまで、世襲の政治家が多かった。安倍氏夫妻には子供がいなかったが、安倍・岸両家から誰かが「弔い合戦」とでも称して立候補するのだろうか?

僕は「世襲政治家」が多いことには弊害が大きいと思っている。世襲政治家にもそれなりにちゃんとした人はいるだろうけど、何よりも政治の世界に「活気」を失わせる。「徒手空拳」の有能な人たちの政界進出を妨げている。それこそ「民主主義」を壊してしまう。もしも、安倍氏が「私の選挙区では、世襲政治家は私の世代で終わりだ」という「遺志」を残してくれていたのなら、僕は彼を「まれに見る立派な人だった」と惜しむことだろう。